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2014年5月11日 (日曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その8

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南馬出しの見学を終えて、篠山城二の丸の南西隅の虎口から再度入城します。

ここでも右折・左折と食い違い虎口のセオリーとなっています。

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篠山城二の丸の南西隅に到着。

水濠の向こうに見えるのは、先程石垣の刻印を沢山見つけた篠山城本丸の石垣、南西隅です。

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2010年1月の登城時もそうだったのだが、篠山城二の丸の南東部は工事中になっています。

侵入してはアカンのは承知の上で、自己責任で侵入しました。

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自己責任で侵入してまでも見学したかったのが、篠山城殿主丸の南東隅にある天守台石垣です。

内部で見学するよりも、はるかに高い石垣が拝めます。

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殿主丸を南東隅から望む。

やはり天守台石垣はこうでなくては・・・もし天守が建っていたら、間違いなく五重天守だったのだろうな。

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天守台石垣を中央にして、殿主丸の南面と東面を撮影。

写真では大きさが分からないが、高さは20mはあろうかと。

殿主丸の1辺の大きさは50~100mはあるかな。

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再度、殿主丸の南面を拡大して撮影・・・あれ? どこかで見たことのある光景だな。

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この水濠に浮かぶ写真は2014年2月下旬の第二次三重県城郭遠征で見学した三重県伊賀上野市にある伊賀上野城の高石垣です。

その高さは大坂城本丸東面の高石垣に次いで、全国第2位の高さ。たしか・・・30m弱だった記憶が・・・。

ちなみに篠山城も伊賀上野城も築城の名手:藤堂高虎の手によるもの。

石垣の積み方のラインが直線的なのが特徴で、似ていて当然といえば当然。

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参考までに、もう一人の築城の名手:加藤清正による熊本城の石垣は、写真のように扇勾配を描いているのが特徴。

(写真は二様の石垣で、手前が加藤期の石垣、奥が細川期の石垣。加藤期の方がゆるやかな勾配を描いている。)

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篠山城の殿主丸の石垣は南側・東側を向いており、伊賀上野城の高石垣は西側を向いている。

その心は、大坂城方面にむかって包囲しているってことだな。

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篠山城の二の丸の南面の土塁を目にしながら、再度、篠山城の外に出て、見学続行です。

ホント、自転車があってよかった・・・。

つづく

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