« 2014年3月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月の20件の記事

2014年5月17日 (土曜日)

ジムスナイパー2 製作記 その7

Gmsnp020

今日はトータル3時間をかけて塗装作業を行っておりました。

作業内容は下記の通り。

●ジムスナイパーカスタム2の足首装甲に下地塗料(グレー)を吹き付ける。
●ミドルモビルスーツ(ドラケンE)の全体にHGUCマラサイ用オレンジを吹き付ける。
●が、そのオレンジがあまりにピンク寄りの色彩のため、さらに黄色を吹き付ける。
●その結果、重機っぽい色合いになって、結果オーライです。
●さらにミドルモビルスーツのグレー(ニュートラルグレー)と赤(キャラクターレッド)を筆塗りする。

そんな感じです。

Gmsnp021

思いっきり艶が出ておりますが、後で艶を調整しないと・・・。

まだまだ塗装完成まで先が長い。

Gmsnp022

タンク?の赤色に至ってはまだ発色が甘い。

原色系の塗装は難しいものですが、何事も慌てないことが肝心でしょうね。

コツコツと進めていこうと思ってます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月11日 (日曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 完結編

Img_1318

いよいよ、兵庫県城郭遠征の城めぐり日記も完結編・・・長かった。

何か儲けがある訳じゃないのに・・・。

さて、篠山城の三の丸の西面には武家屋敷がたくさん並んでいます。

Img_1322

明治時代になり、篠山城自体は破却されたが、武士階級の人々は篠山城周辺に住み続けたそうだ。

これが結果的に観光資源になったというわけですね。

Img_1323

篠山城大書院で購入した4館共通入場券(600円)で安間家武家屋敷に入って見学してきました。

Img_1326

Img_1328

規模はそれほど大きくなく、見学時間は15分もあれば十分です。

まあ・・・一般の武士の屋敷だからな。

あ、ここで全国の城郭番付の暖簾を購入しました。(1080円だったかな。)

Img_1347

4館共通券で、篠山城大手口の北面にある青山歴史村にも入ってきました。

まあ・・・村というより、昔の屋敷が集まったと言う感じでした。

見学時間は15分も要らないかな。

Img_1357

一通りの篠山城&周辺の見学を終えて、レンタサイクルを北馬出し跡地にある観光案内所に返却に行きました。

同行の知人は昨日の洲本城見学で、シャクトリムシに散々怯えたため、篠山城見学には山に登るような格好で来ました。

でも・・・篠山城って都市城郭だから、あまりネイチャー装備は要らないんだよね。

Img_1358

レンタサイクルを返却して、大正ロマン館でおみやげを購入して、そろそろ篠山口駅に戻る準備です。

二階町バス停付近も風情のある街並みですなあ。

Img_1362

二階町バス停には1時間に2本の割合いでバスがやってきます。

写真は16時06分の二階町バス停にやって来たバスです。

Img_1364

JR篠山口駅に戻り、コインロッカーに保管していた荷物を取り出し、JR福知山線の大阪駅行きを待ちます。

写真は16時34分にやって来た丹波路快速の大阪駅行きです。

18時30分、JR新大阪駅発の新幹線に乗るためには、まあ順当な電車でしょう。

今回、途中駅の伊丹駅前にある有岡城跡見学は中止です。

駅前に石垣がある程度とはいえ、余裕ある城めぐりができるとは思えん・・・。

Img_1371

無事、JR新大阪駅に到着。

待っている間にJR西日本のみずほ号を撮影してみた。

東京では見られない色のN700系だからね。

Img_1374

で、18時28分に東京駅行きののぞみ号が到着。

今回は指定席なのでラクラクな帰路でした。

・・・・自宅に戻ったのは22時過ぎでしたけどね・・・。

旅日記を編集してみて、『あ、ここのアングルの写真を撮っていない!』とか心残りがあるのですが、次の機会を待ちますかな・・・。

2泊3日の第2次兵庫県城郭遠征の旅はこれにて終了です。

おしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その8

Img_1268

南馬出しの見学を終えて、篠山城二の丸の南西隅の虎口から再度入城します。

ここでも右折・左折と食い違い虎口のセオリーとなっています。

Img_1274

篠山城二の丸の南西隅に到着。

水濠の向こうに見えるのは、先程石垣の刻印を沢山見つけた篠山城本丸の石垣、南西隅です。

Img_1280

2010年1月の登城時もそうだったのだが、篠山城二の丸の南東部は工事中になっています。

侵入してはアカンのは承知の上で、自己責任で侵入しました。

Img_1283

自己責任で侵入してまでも見学したかったのが、篠山城殿主丸の南東隅にある天守台石垣です。

内部で見学するよりも、はるかに高い石垣が拝めます。

Img_1284

殿主丸を南東隅から望む。

やはり天守台石垣はこうでなくては・・・もし天守が建っていたら、間違いなく五重天守だったのだろうな。

Img_1286

天守台石垣を中央にして、殿主丸の南面と東面を撮影。

写真では大きさが分からないが、高さは20mはあろうかと。

殿主丸の1辺の大きさは50~100mはあるかな。

Img_1289

再度、殿主丸の南面を拡大して撮影・・・あれ? どこかで見たことのある光景だな。

Img_8276_08

この水濠に浮かぶ写真は2014年2月下旬の第二次三重県城郭遠征で見学した三重県伊賀上野市にある伊賀上野城の高石垣です。

その高さは大坂城本丸東面の高石垣に次いで、全国第2位の高さ。たしか・・・30m弱だった記憶が・・・。

ちなみに篠山城も伊賀上野城も築城の名手:藤堂高虎の手によるもの。

石垣の積み方のラインが直線的なのが特徴で、似ていて当然といえば当然。

Img_0400

参考までに、もう一人の築城の名手:加藤清正による熊本城の石垣は、写真のように扇勾配を描いているのが特徴。

(写真は二様の石垣で、手前が加藤期の石垣、奥が細川期の石垣。加藤期の方がゆるやかな勾配を描いている。)

Img_1300

篠山城の殿主丸の石垣は南側・東側を向いており、伊賀上野城の高石垣は西側を向いている。

その心は、大坂城方面にむかって包囲しているってことだな。

Img_1304

篠山城の二の丸の南面の土塁を目にしながら、再度、篠山城の外に出て、見学続行です。

ホント、自転車があってよかった・・・。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その7

Img_0990

次の見学目標は篠山城の南西隅に築かれている南馬出しです。

篠山城の3つの馬出しの中で最大級の大きさだったそうだ。

Img_1222

篠山城の二の丸を囲む水濠。東南隅から北側を望む。

幅は100mはあろうか・・・。

Img_1223

篠山城二の丸の東側には篠山小学校がある。

西を向くと殿主丸、天守台が見学できる。うらやましい小学校だ。

Img_1228

Img_1229

篠山城の二の丸の南面を東西に走る道には、これまた雰囲気のある屋敷が現役で残っている。

Img_1235

で、篠山城の南馬出しだが・・・初夏の緑で何が何だかわからない状態。

Img_1254

むしろ南馬出しは内部から見学した方が楽しめる。

東南西とコの字を描くように土塁が囲んでいる。

Img_1260

土塁の高さは4mほどあろうか。

写真下の白い自転車と比べてみても、その大きさが分かると言うもの。

Img_1241

見学の順番が逆になるが、南馬出しの周辺には現在も住居として使われている武家屋敷の長屋門が残っている。

Img_1251

また南馬出しの西側には藩校の振徳館の跡地がある。

現在は雰囲気のあるカフェになっている。

Img_1264

さて南馬出しから篠山城の二の丸内部に侵入して、次のミッションを開始しようか。

レンタサイクルをフルに生かして限られた時間の中でたくさんの遺構を見学する。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その6

Img_1162

篠山城の大書院・本丸・殿主丸を見学した後、お腹もすいたので、一度、二階町バス停付近に戻って、篠山名物の猪料理を食べることになりました。

篠山城から北に延びる大手道とバス通りが交差する、その名も お食事処 大手 で食べることになりました。

Img_1163

注文したのは イノシシとろろ丼 (確か1300円)でした。

猪の肉、卵とじ、とろろが乗っかった丼です。

つけあわせの高菜の辛みが丁度マッチングしていました。

初めての猪の肉ですが・・・豚肉の固いものというかんじで、特に臭みはなかったよ。

とんでもないご飯の量で、これは相当運動しないとな~と思った。

同行の知人は丼を片手にペロリと食べていたw

Img_1160

食事も終わり、再度、篠山城の北馬出しのあった場所に戻ります。

写真は大正ロマン館。かつての篠山の役所の建物ですが、現在はお土産店になっています。

見学後にここでお土産を購入しました。丹波の黒豆、きな粉飴、饅頭などが売っています。

Img_1166

大正ロマン館の道路を挟んで向かい側に丹波篠山観光案内所があります。

ここで自転車を借ります。フツーの自転車で90分:300円、1日:600円です。

自転車を借りる目的は、篠山城の周囲にある馬出しと武家屋敷などを見学すること。

とても90分では終わらないと判断し、1日料金で借りることにしました。

Img_1168

早速、自転車で篠山城の北側から時計回りに1600メートルの自転車旅を開始します。

写真は篠山城の北虎口と犬走りです。

Img_1177

ちょっと引いて撮影するとこんな感じ。

大書院の屋根がちょっと見える。

Img_1169

更に視線を東側にずらすと、本丸の北東隅と殿主丸の北東隅櫓の石垣のラインがコラボしている光景が見えます。

Img_0989

今回の自転車旅の目的、いや兵庫県城郭遠征の目的でもある、篠山城の馬出し見学。

最初は篠山城二の丸の東側に築かれた東馬出しを目指します。

自転車だったら数分で到着しますけどね。

Img_1197

見学した順番が逆になるが、これが東馬出しの東面。

小ぶりながら石垣で固められたシャープな築城となっている。

Img_1204

こちらは東馬出しを南東隅から眺めたもの。

北馬出しは現代の自動車交通の都合で破却されたが、東馬出しは運よく残って良かったと思うことしきり。

Img_1186

東馬出しは馬出し公園として整備されています。

公園とはいえ緑地帯程度なのだが・・・周囲が土塁に囲まれています。

Img_1188

東馬出し内部から東南方面を望む。

篠山城には昔ながらの武家屋敷、商屋敷が残っていて、なかなかの風情なのです。

Img_1217

本当はゆっくりと見学したいのですが、時間も限られているので、篠山城二の丸の東面を南北に走る道路を南へ進みます。

篠山城二の丸の一辺は約400m・・・歩けなくはないが時間短縮のために自転車を借りて正解でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月10日 (土曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その5

Img_1096_2

殿主丸を見学終了したので、本丸の南に開いている埋門から出ることにした。

そこでの見どころは・・・

Img_1102

Img_1103

「三佐ノ内」と刻印されている石垣でしょう。埋門を出てすぐ左手にある石垣に彫られている。

篠山城は、築城の名人:藤堂高虎が縄張りを設計、西国宰相:池田輝政が普請奉行として築城された天下普請の城。

三佐は三佐衛門で池田輝政の字(あざな)。内というのは家来という意味かな。

名古屋城天守台石垣にも「加藤肥後守内小代下総」と彫られた石垣があったもんな。

Img_1114

その他にも、四角を4つ繋げたような刻印や・・・。

Img_1117

これは杵かな?

Img_1123

三角形を2つ繋げたような刻印もある。

Img_1127

上の写真は篠山城本丸の南西隅の石垣。先程の埋門から階段があって、ここに降りてくるようになっている。

その途中に先程の刻印の石垣を多数見つけることが出来る。

Img_1124

で、こちらが本丸の西面。

高石垣に沿って北に犬走りを歩いて行きます。

Img_1155

扇形の刻印もあれば、時計?の様な刻印もある。

Img_1140

そんな刻印探しをしながら、篠山城本丸の北西隅に到着。

入口に戻ると言うわけです。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その4

Img_1046

本丸より一段高い殿主丸は現在、青山神社となっている。

Img_1049

青山神社を囲うように多聞櫓を支えていた石垣が走っていた。

Img_1093

その殿主丸には天守台はあるものの、3つの多聞櫓と3つの隅櫓が建っていたそうだ。

写真は本丸の北側から殿主丸の東北隅に建つ櫓台石垣を撮影したもの。

重要拠点の殿主丸を守る櫓だけに櫓台石垣の高さもなかなかのもの。

櫓台の後ろに見えるのが篠山小学校の校舎、さらに奥にそびえる山が丹波富士と称される高城山だそうだ。

Img_1048

殿主丸の東北隅の隅櫓のあった場所には、やはり柱を支える礎石が残っていた。

Img_1054

殿主丸の東南隅には天守が建てられなかった天守台石垣が残っている。

内側からみるとそんなに高い石垣ではないが、外側から見るととんでもなく高い。

篠山城天守が建てられなかったのは、豊臣秀頼のいる大坂城の包囲網の一つとして建てられた篠山城には戦闘力さえあれば良い、権威を象徴する天守は要らないという発想があったからだそうだ。

篠山城がある程度出来あがると、次は同じ大坂城包囲網の城郭の一つ、名古屋城の天下普請に西国大名を動員したそうだ。

Img_1071

Img_1074

天下普請の城郭らしく、複数の大名が分担して石垣積みをするため、石垣石の盗難を防ぐために、石垣石に色んな種類の刻印を施している。

四角に横棒とか、2つの四角を重ねたり、なかなか個性的で面白い。

Img_1057

もう一度、篠山城天守台石垣から東南方面を望む。

丹波富士:高城山には中世城郭の八上城があったそうだ。

Img_1064

篠山城の天守台の上には特にこれといった遺構はない。

Img_1067

天守台石垣から西方面を見下ろすと、殿主丸の南面を走る多聞櫓を支える石垣がある。

多聞櫓を小部屋に分けていたのか、柱か土壁を支える礎石がたくさん見える。

Img_1079

殿主丸に生えていた杉の木。螺旋を描くように上に伸びている。

同行の知人がやたら感激していた。

言われなきゃ気がつかなかったよ・・・。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その3

Img_0992

篠山城の模型で、本丸部分を南西方向から見たもの。

中央のベージュ色が大書院や御殿の部分。

また本丸部分の南東部分は殿主丸と呼ばれ、3つの櫓と多聞櫓で囲まれた長方形の曲輪だったそうだ。

もし殿主丸の南西隅にある天守台に篠山城天守が建っていたら、姫路城・和歌山城・伊予松山城に続く第4の連立式天守になっていたんだな・・・。

Img_1039

復元された篠山城大書院を東南方面から撮影したもの。

Img_1088

こちらは大書院を東北方面から撮影したもの。

風雨にあたっているためか、なかなか渋い色合いを出しています。

屋根は瓦葺きではなく、柿板(こけらいた)葺きだそうだ。

Img_1019

大書院に隣接している史料館の屋根瓦を撮影したもの。

徳川家の葵の御紋が彫られている。

Img_1023

篠山城本丸は現在、こんな感じ。

奥の木々が建っている場所が南東隅方向の殿主丸。現在は青山神社になっている。

Img_1082

大書院だけでなく、本丸には御殿が建っていたのだが、現在は存在せず、コンクリートでこういった配置だったと案内されている。

兵庫県の赤穂城も同じような案内をしていたな。

Img_1096

本丸の南に開いている埋門。

当時は門の上に櫓が載っていたのだろう。

2010年の登城時には門が開いていなくて、不便だったが、今回は埋門が開いていたことで、効率よく篠山城を見学することができた。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジムスナイパー2 製作記 その6

Gmsnp016

ゴールデンウィークは城めぐりでしたので、プラモデルの製作が止まっておりました。

ちょいと息抜きで、1/144スケールのジム=スナイパー2の製作作業をしていました。

作業工程は下記の通り。

1:足首の保護装甲の表面処理&パテの盛りつけ

2:目玉をGSIクレオス108番:キャラクターレッド、GSIクレオス8番:シルバーで塗装

3:額のカメラをGSIクレオス66番:デイトナグリーンで塗装

4:頭部部品を全て組み上げ

メインカメラの透明な緑色装甲は塗装すらしていません。

Gmsnp017

まだまだ完成には程遠いですが、モチベーションが上がってくるものです。

残る作業は・・・各噴射口の塗装、スナイパーライフルの塗装、足首装甲の塗装、足裏装甲の塗装・・・まだまだありますな。

Gmsnp019

後ろ姿・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 篠山城編 その2

Img_0922

さて、二階町バス停を下車して、南へ徒歩数分で篠山城に到着します。

篠山城は関ヶ原の戦いの後、徳川家康による大坂城の豊臣秀頼包囲網の一つとして、天下普請で築城された城郭です。

なので・・・二の丸を囲む水濠の幅もなかなかのものです。

Img_0929

さっそく篠山城に入城します。

写真は本丸の北東隅方面を眺めた石垣群です。

Img_0935

Img_0942

虎口の基本、入城には左折して、右折のコースをとります。(まあ、逆でもいいけど。)

こうすることで攻城兵に容易に内部を見られないように、また攻城兵に対して、2面攻撃出来るようにしているのです。

Img_0978

早速、篠山城の大書院に入ります。

大書院だけなら入場料400円。近所の武家屋敷・青山歴史村・美術館にも入城するなら600円のオトク券もあります。

篠山城大書院は1944年に一度焼失してしまったのですが、2000年に総事業費12億円で木造復元したそうです。

2010年1月に初登城した時は、木材の良い香りがしたのですが・・・。

Img_0973

大書院のメインの上段の間。

復元と言えども素晴らしいです。時代劇の撮影にも使われているようですよ。

うーーん、ホント、プチ二条城・二の丸御殿と言われるだけある。

Img_0980

上段の間の飾り金具で装飾された裏側は、やはり武者隠しでした。

いざ、という時は、ここから護衛の武士が襖をぶち破って飛び出すんだろうな。

二条城の二の丸御殿とは違って、正方形の形をした御殿で、大きさもそれほどないので、見学時間は20分あれば十分といったところでしょうか。

Img_0984

篠山城大書院の中に展示されている、ありし日の篠山城です。

本丸を二の丸が囲い、更に三の丸が囲う、典型的な輪郭式城郭です。

ちなみに・・・写真でいうと左下、東北の角が欠けていますが・・・やはり鬼門除けなんでしょうね。

さらに北、東、南に門を守る四角い陣地=馬出しが備わっています。

2010年1月には、この馬出しを見学できなかったのが心残りでした。

今回の見学こそ、馬出し見学をすると心に誓って来たのです。

Img_0988

篠山城の北にある大手馬出しは残っていません。

このあたりは篠山市観光案内所やら大正ロマン館(お土産店)になっています。

まあ・・・交通には不便だもんな。

Img_0989

こちらは篠山城の東に備わっている東馬出し。

現在は馬出し公園となっています。小さいながらも石垣造りです。

Img_0990

こちらが篠山城の南に備わっている南馬出し。

馬出しの中では一番大きく、土塁で出来ています。

この馬出しを絶対に見学すると心に決めて、篠山城の見学開始です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 洲本城編 その4&篠山城編

Img_0883

早朝に三ノ宮駅バスターミナルから洲本バスターミナルに向かった時はダイヤどおりの1時間10分程度のバス旅でした。

しかし・・・洲本から舞子までのバス旅はGWの渋滞に巻き込まれ、2時間40分くらいは架かった記憶があります。

写真は明石海峡大橋から撮影した播磨灘です。

Img_0890

Img_0892

Img_0894

Img_0895

またもや同行者に拉致され、T市にある「かつめし屋・一平」にお邪魔しました。

加古川名物のかつめしをT市で食べる・・・ええのか?

注文したのは、かつめし と 串カツ5種盛り と 赤だし でした。

あんなに洲本城で歩いたのに、お腹一杯です。

・・・同行者はそんなに歩いていないのに、ペロリと食べていたw

Img_0907

2014年5月5日、兵庫県城郭遠征の最終日。

三ノ宮駅から阪急宝塚駅を経由して、福知山線の篠山口駅に向かいます。

昨日は海の淡路島を観光しましたが、今日は丹波篠山・・・兵庫県の山間部を観光します。

Img_0915

当初はJR篠山口駅からレンタサイクルで6キロ走って、篠山城に向かう予定でした。

しかし生憎の雨により、篠山城へのレンタサイクルは諦めました。

※ちなみに冬の間はレンタサイクルの貸出はしていないようです。

JR篠山口駅から30分に1本の割合で、バスが出ています。

篠山城最寄りのバス停:二階町まで290円、約15分程度でしょうか?

Img_0913

二階町バス停に到着して、南へ数分歩くと篠山城跡になります。

なお篠山城北口にある篠山観光案内所でもレンタサイクルは借りることができます。

何故、レンタサイクルにこだわるかというと・・・2010年1月に見学できなかった篠山城の馬出を見学するためです。

篠山城は写真のとおり、正方形の縄張になっていますが、1辺が約400メートルだそうです。

一周すると1600m・・・自転車が必要ですよね。

Img_0917

二階町バス停を降りて、北側を見るとぼたん鍋=猪鍋の店があります。

猪のオブジェが怖いだろw

Img_0918

そして篠山市のマンホールもしっかりと写真に収めてきました。

つづく。

| | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 洲本城編 その3

Img_0705

洲本城の南曲輪の櫓台石垣には石垣を追加で積み上げた跡が認められます。

右上から左下に走る境界線が見えるかな。

Img_0724

初夏なので石垣の隙間にはトカゲを何匹も見つけることができます。

まあヘビがいる場合もあるのだが・・・。

Img_0745

通常の洲本城観光のルートを外れて、東の丸を見学することにした。

見学と言っても、行く手を阻む木々をかき分けていく見学で、初夏でも長袖、帽子が必要かと思われます。

東の丸の石垣は後世の手が入っていないためか、なかなか渋い色合いで当時のままの洲本城の表情を見せてくれます。

Img_0771

本来なら、洲本城の東の登り石垣をここから見学する予定だったのだが、この場所で出会った城ガールさんの話しによれば、東の丸から下に降りていかないと見学できないそうだ。

そういうことができる装備をしてこなかったし、時間も無かったので諦めることにした。

上の写真は東の丸高石垣です。

Img_0844

再び本丸に戻ります。

本丸の搦手虎口と洲本城天守を写したもの。初夏なので新緑が天守を隠してしまって残念です。

Img_0835

洲本城天守台です。現在は竜宮城のような模擬天守が建っていますが、往時はさぞや立派な天守が建っていたのだろう。

Img_0806

本丸内部に入り、洲本城天守を南側から撮影したもの。

残念な天守とイチャモンをつけられる模擬天守であるが、なかなか絵になるのではないかな。オレは好きです。

Img_0821

昨年は補強工事のために模擬天守には覆いがされていたが、運よく今回は新しくなった模擬天守を見学することができた。

しかしながら2階に上がる階段がなくなっており、更に高い場所から洲本の町や海を見ることはできなくなってしまった。

Img_0819

で、これが洲本城から北方面を眺めた洲本市街と洲本港と海です。

素晴らしい景色じゃ。

Img_0690

こちらは洲本城の南方面を眺めた光景。

左側にうっすらと見える陸地は和歌山県の加太方面ではないかと・・・。

残念な模擬天守との悪評が先行して、評価が下がっている洲本城であるが、そんなに模擬天守も悪くないんじゃないかという感想を持った。

模擬天守の事は置いておいて、素直に見応えのある石垣群を見学するのが城めぐりストの姿勢ではないかと・・・。

こんなに見応えのある石垣のある山城はそうそうないと思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 8日 (木曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 洲本城編 その2

Img_0426

頂上にある洲本城に向かって三熊山を登ってゆくと、斜面に続く登り石垣が見学できます。

登り石垣とは山の斜面に沿って石垣の壁が登っていくもので、洲本城の他には滋賀県彦根市の彦根城に5本、愛媛県松山市の伊予松山城に2本存在します。

洲本城は東登り石垣と西登り石垣の2本存在します。

上の写真は分かりにくいけど、西登り石垣です。

Img_0684

Img_0685

洲本城の縄張は中央に本丸を置き、西に西の丸、東には東の丸・武者溜まりを置いています。

Img_0539

初夏の毛虫がぶら下がる木々の下を通り抜け、西の丸に向かいます。

西の丸自体はちょっとした空間で写真を掲載しませんが、途中には残念石という石垣石になり損ねた岩があります。

割るための矢穴が残っています。

Img_0547

洲本城に登城したら是非見学してもらいたいのが、その残念石のあたりから眺めた洲本城天守です。

大阪湾の青と三熊山の緑のコントラストが素晴らしい。

Img_0508

西の丸から戻って、本丸周囲の写真です。上の写真は本丸南西隅の高石垣。

Img_0594

そこから東へ歩いていくと、本丸の大手口への大石段があります。

威厳を示すためなのか、かなり幅の広い石段でした。

Img_0607

本丸大手の大石段を北にそって歩くと、小天守台(写真右)の石垣が見学できます。

Img_0610

小天守台石垣の南側の石垣は石垣石が崩れていました。

Img_0466

本丸北西側に開いているのは本丸搦手虎口。

こちらはしっかりと残っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 7日 (水曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 洲本城編

Img_0334

2014年5月4日は宿泊地の三ノ宮駅近くから高速バスを利用して淡路島の洲本市にある洲本城に登城することになりました。

高速バスは1時間に1本程度。三ノ宮駅から洲本城まで1時間20分程度。1800円少々でした。

明石海峡大橋を渡り、淡路島に初上陸です。

Img_0341

高速道路は大阪湾側から播磨灘側に方向を変えて、緑あふれる淡路島の表情を見せてくれます。

写真では美しさが伝わらないのが残念だ。

Img_0349

Img_0410

津名一宮ICで高速道路を降りて、一般道を洲本バスセンターへ向けてすすみます。

で、三熊山の頂上に洲本城を発見!

Img_0358

帰りのバスの時刻表の確認、トイレを済ませてから、洲本城の麓に向かいます。

ニャーオと木の上から猫さんも挨拶してくれます。あ~びっくりしたw

Img_0362

洲本城への道すがら、大浜公園に立ち寄りました。

波打ち際に打ち寄せる海水が透き通っており、何とも爽快な気分になります。

Img_0387

洲本バスターミナルから洲本城のある三熊山の麓までは、徒歩10分弱です。タクシーやバスは不要です。

三熊山の上に山城としての洲本城が築城されていますが、三熊山の麓には政庁としての洲本城の石垣が残っております。

現在は裁判所・検察庁・淡路文化史料館が建っています。

Img_0401

淡路文化史料館で時間をつぶします。大人400円。

洲本城については高校生が作成したジオラマがありました。

Img_0414

淡路歴史史料館から車道沿いに進み、ホテルの脇の道を登って登山&登山開始です。

約700メートルの登山です。

地元の人の話しによれば、幼稚園児の遠足にも使われる三熊山の上に建つ洲本城。

気楽な気持ちで130メートル程度の登山と行きましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 6日 (火曜日)

第2次兵庫県城郭遠征 船上城編

Img_0284

Img_0286_5

明石城の周辺にも遺構が残っています。明石城の南西隅にある織田家長屋門です。

もちろん、あの織田信長の一族の武家屋敷の長屋門として、船上城の周辺に建っていたものを山陽本線のすぐ北側に移築したものです。

船上城は明石城が築城される前にあった、高山右近が築城した城郭だそうだ。

Img_0290_2

せっかくなので明石城の南西1~2キロの位置にある船上城跡も見学しようと、織田家長屋門から徒歩で船上城まで歩きました。

自転車が欲しい距離ですが、歩けないことも無い距離です。

写真はかつての船上城の水濠の役目をしていた小川です。

Img_0308

で、こちらが船上城の外観。船上城の西側から撮影しました。

住宅地に囲まれており、あらかじめ解説書で城跡としらなければ、ただの耕作地です。

城跡につきものの説明板も近くにはありません。

ちなみに奥の赤茶色の建物が明石警察署。中央のこんもりした木々が船上城の本丸跡です。

Img_0310_2

周囲は住宅地で、城跡は耕作地なので、土地所有者に一声かけて登城したいものです。

ちなみに船上城へは写真の通路を抜けて、耕作地に向かいます。

Img_0296

こんもりした木々には神社があり、明石市による解説板がありました。

Img_0304

で・・・急に知人が神社の前を清掃開始!

普段から手慣れているのか、体に染みついているのか、習慣となっているみたいです。

ちなみに社の石台に正方形の穴があいていますが、そこを覗きこむと・・・。

Img_0302_2

船上城址と刻まれた石柱が安置されています。

なんでも石材が盗まれることが多くて、社の下に安置したそうだ。

Img_0321

船上城の見学終了後、何故か知人の住まいの近くに拉致されることになった。

駅名は公表できないが、なんとJR線が停車していた。

ホントに電車が止まるんだw

Img_0323

知人の住まいの近くのレストランに招待された。

手作りのハンバーグディナーであったが・・・知人の嫌いな人参を全て食べる羽目になった。

Img_0318

ちなみにレストランの北側を眺めると、こんな風景・・・・

山に囲まれた鎌倉の様だ・・・。

Img_0324

夕食が終了して、同じ風景をフラッシュを焚いて撮影してみた。

・・・・何も映らないじゃないか!

こんな夜道を一人で歩きたくはありませんw

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 明石城編 その5

Img_0224

稲荷曲輪の南西隅下から眺めた明石城・坤櫓。

定番の明石城の写真とは違った構図がお気に入りです。

Img_0229

坤櫓の真下から見上げる。

Img_0234

坤櫓の下から眺めた天守台石垣。

熊本城天守台並みの大きさに驚きます。

Img_0238

その天守台石垣を手前に、坤櫓西面を撮影したもの。

5月でなければ、緑が坤櫓を隠さなかったものを・・・。

Img_0246

再び坤櫓を撮影。

たかが三重櫓だが、その威圧感にため息が漏れます。

Img_0249

こちらは巽櫓を下から眺めたもの。

Img_0257

明石城三の丸にある連理のクスノキ。

本来別々の枝がくっついて一体化したもの。男女・夫婦の和合を示すもので縁起物と言われるのだが・・・

こんな説明を東京在住のオレが兵庫県在住の知人にするって、何かおかしいだろ。

Img_0262

明石城の巽櫓を南から眺めたもの。

Img_0265

こちらが坤櫓を南東方面から眺めたもの。

Img_0271

この2つの櫓がセットで並び立つ姿が明石城の定番イメージですな。

・・・って、今回の登城ではイベントで沢山のお客さんが来ていました。

こんな明石城は初めてです。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 明石城編 その4

Img_0137

明石城といえば、本丸の東南隅に建つ巽櫓と西南隅に建つ坤櫓です。

この写真は巽櫓の内側から見たもの。のっぺらぼうww

Img_0139

晴れた日には明石海峡大橋も見えるのですが、残念ながらうっすらとしか見えません。

巽櫓は明石城の南西方面にあった船上城から移築されたものと言われています。

Img_0142

こちらは坤櫓。こちらも現存の三重櫓です。

4度目の登城にして初めて内部に入ることが出来ました。月替わりで坤櫓と巽櫓の内部公開をしているようです。

Img_0165

坤櫓の内部にいた解説員のおじいちゃんの知識量が凄かった。

明石城についてだけを勉強しているのだろうが、すらすらと櫓の数がいくつだったとか話せるのに敬服した。

で、オレが興味持ったのは明石城のジオラマ。写真では東南上空から撮影したものとなろうか。

Img_0184

明石城天守台から南を眺めると、この写真の様に坤櫓を見学できる。

明石城には天守台は築かれても、天守は築かれなかったので、この伏見城の遺構と言われる坤櫓が実質的な天守だったのだろう。

Img_0194

本丸の北西の虎口から脱出。やけに立派な石垣だなあと自宅に帰ってから調べたところ、乾櫓の櫓台石垣のようだ。

Img_0207

同伴の知人がヘロヘロになっているようなので、本丸北側の桜池のベンチでおやつ&休憩。

石垣の調整で近くには寄れないが、本丸北面の高石垣と帯曲輪をボーーーと眺めていました。

Img_0215

ちょっとした休憩後、見学を続行。

明石城の西側の稲荷曲輪の石垣(西面)ですな。

Img_0222

明石城にある野球場の近くに明石城・坤櫓を彫刻したマンホールを発見。なかなかリアルなデザインでお気に入りです。

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 明石城編 その3

Img_0086

昼食後、明石城の散策再開です。

明石城の東南隅にある東入口から入城します。

 

Img_0093

東入口から北上し、東二の丸の南側に到達します。

写真は東二の丸の南面、東西に走る高石垣です。

Img_0100

Img_0103

東二の丸の東南隅の櫓台です。

ここには刻印が刻まれた石垣石があるんです。

Img_0111

東二の丸の東北側にある薬研掘です。

Img_0113

明石城の北側にある丘から南に下って行きます。

が、初夏の城めぐり、草木がボーボーです。毛虫もぶら下がって大変でした。

Img_0119

明石城の北側。

左側が二の丸、左側が本丸。

二の丸と本丸との間はひょうたんの様にくびれております。

Img_0122

フツーの観光客の見学スポットではないかな。

二の丸と東二の丸の北面につづく高石垣です。

 

Img_0125

この高石垣を右手に進むと、東二の丸の隅っこに到着。

古びた石垣が見学できます。

 

Img_0131

再び、二の丸と本丸の間のくびれた場所に戻り、後世に追加された石段を登って行きます。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 明石城編 その2

Img_0065

通常、明石城への入城はJR明石駅北口からスグの大手門から入城するのですが、今回は東ノ丸の門から入城してみました。

 

Img_0066_3

で、いきなり東ノ丸の北側にズーーッと東西に続く石垣を見学。

 

Img_0071

この時点でお昼時。お腹が空いたので、明石城見学は一旦取りやめて、JR明石駅方面に戻ります。

二の丸南側の虎口から見上げた高石垣です。

Img_0077_3

場所は変わって、明石駅南口にある商店街に行きました。

Img_0078_3

Img_0082

1999年にも明石に行った記憶がありまして、その時の思い出が写真の魚棚でした。

生きたままの魚介類が多くて、なかなか楽しいです。

小エビがピョンと飛んで、となりのカゴに入ったり、タイが生きたまま売られていたり、タコと目が合ったりと、なかなか楽しい経験です。

Img_0079

Img_0080

明石といえば、明石焼き。

たこ焼きと違って、出汁に漬けて食べます。

味は上品で、柔らかいたこ焼きといったところ。

10個では腹いっぱいにはなりませんが、焼きたてで美味しかったです。

Img_0081_3

ということで、豚肉のお好み焼きも食べました。

これでお腹も一杯になり、明石城の見学に集中できるというものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2次兵庫県城郭遠征 明石城編 その1

2014年のゴールデンウィークの城郭遠征は【第2次兵庫県遠征】として旅をしてきました。

今年2月末の三重県の城郭遠征のブログを放置したままなんですが・・・。

Img_0005

今回の旅のスタートは、いつもより1時間遅め。

そのためか、JR西日本による東京駅発ののぞみ:299号に乗ることができました。

案内アナウンスのメロディーが【いい日、旅立ち】なんですよね。

でも・・・JR東海の新幹線と違って、全面禁煙ではなく、オレの乗った車両は喫煙席でした(泣)

 

Img_0016

5月だと見えるかな~と思いましたが、沼津市あたりから見えた富士山です。

今年の正月に興国寺城を見学にいったな・・・。

 

Img_0025

Img_0026_2

新大阪駅で乗り換えて、新神戸駅で下車。

さらに神戸市営地下鉄にのって三ノ宮駅で下車。

さらに三ノ宮駅から山陽本線の新快速に乗って、明石駅で下車。

ここで知人と待ち合わせて、挨拶もそこそこに明石城の東方面に向かいます。

 

 

Img_0032_2

今回、明石を観光するのは5回目。明石城を見学するのは4回目になります。

フツーの明石城観光をしても仕方ないので、マニアックに攻めていきます。

 

明石駅北口を下車して東へ10分ほど歩くと、明石の天文台が見えてきます。

その天文台の北側、坂の上に月照寺があるのですが、そこの山門が今回のお目当てです。

月照寺の山門は、かつての明石城の切手門であり、さらに辿ると伏見城の門だったようです。

 

Img_0040

明石城は徳川幕府が西国大名を監視するために築城したもの。

月照寺山門=明石城切手門の屋根丸瓦には葵の紋が彫刻されています。

 

Img_0043

月照寺の南側には明石の天文台がそびえたっています。

明石の天文台は東経135度の位置にあり、日本の標準時の基点になっている場所。

ちなみに経度0度の場所はイギリスのグリニッジ天文台なのですが、兵庫の知人は初めて聞くような顔をして聞いていました。

これではどちらが観光案内しているんだかww

 

Img_0048

足元をみると石床タイルを横切る埋め込まれた鉄線がありました。

ほぼ間違いないだろうが、これが日本標準時子午線なんだろう。

 

Img_0047

月照寺から東に目をやると、プラネタリウムの向こうに明石海峡大橋が見える。

明日はこの明石海峡大橋を渡って、淡路島に行くんだな・・・。

 

Img_0057

最後に見学したのが、明石神社の時打ち太鼓です。

かつての明石城の太鼓櫓の中にあった太鼓だそうだ・・・が、ガラス窓越しでよくわからなかった・・・。

次回に続く・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年6月 »