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2014年3月の12件の記事

2014年3月23日 (日曜日)

ジムスナイパー2 製作記 その5

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本日は1時間だけ、吹き付け塗装をしておりました。

吹きつけた塗料はGSIクレオスのNo40:ジャーマングレーです。

ほぼ黒に近いのですが、なかなか発色しないものです。

また次回も吹きつけかな・・・。

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2014年3月10日 (月曜日)

第2次三重県城郭遠征 鳥羽城編 その3

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鳥羽城本丸の南側から階段で降りてゆきます。

現代工法で階段が設置されていますが、ここも当時物の石垣かな?

 

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本丸の石垣西面です。

 

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そのまま進んでゆくと、最初に本丸に登って入った地点に戻ってしまいます。

ここでUターンしました。

 

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本丸の一段下の南側には廃校となってしまった鳥羽小学校の校舎が残っています。

真昼間とはいえ、誰一人としておりません。

 

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鳥羽小学校の敷地から更に一段下ります。

いたる所に石垣が囲んでいます。

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2014年3月 9日 (日曜日)

ジムスナイパー2 製作記 その4

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久々に1/144縮尺のジムスナイパー2の製作、というより塗装を行いました。

吹き付け塗装したのは主に関節部品。

塗料はGSIクレオスのNo315 グレーFS16440です。

もう一回くらい吹き付け塗装が必要な用です。

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第2次三重県城郭遠征 鳥羽城編 その2

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最初の階段を登って、更に鳥羽城の中心部に向かいます。

立派な石垣が積まれていますが、これは現代工法による偽物ですな、多分。

 

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階段を登り、更にもう一段上の曲輪に入ります。

画面左側に太鼓櫓があったらしいのですが、特に説明板はないです。

 

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東側を眺めます。

向こうの細長い島が、関ヶ原の戦いにて西軍についたため、九鬼嘉隆が自刃した答志島。

手前の橋がミキモト真珠島に渡る橋ですね。

 

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南に目を向けると、斜面が階段状になっており、石垣が積まれています。

ただ残念ながら、これは後世の人の手によるものでしょうね。

階段状の最上段の石垣の上を通過して、本丸方面に向かいます。

 

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オレが鳥羽城見学で気にいった場所がコレ。

本丸を構成する櫓で名称は調べてみても分かりませんが、これは本物でしょうね。

 

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ちょっと引いて撮影するとこんな感じ。

 

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最後の関門を抜けて、本丸に到着・・・でも何もありません。

廃校となった鳥羽小学校の運動場として使われたようで、ところどころにボールをぶち当てる的の壁とかが残っていました。

 

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あえて鳥羽城の本丸の痕跡を見いだせるのが、上の写真。

枯れた茶色の松の葉が『コ』の字を描いていますが、かすかに凹んだ場所は鳥羽城天守台の石垣があった場所です。

発掘調査の後、一旦埋められたそうで、かすかに凹んだ所に松の葉が集まったと言うことです。

残念ながら鳥羽城はかなり現代の改変を受けているようです。

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第2次三重県城郭遠征 鳥羽城編 その1

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田丸城見学の次は鳥羽城(三重県鳥羽市)に向かいます。

伊勢神宮のあるJR伊勢市駅で数十分待って、JR参宮線の快速みえ号に乗り継ぎます。

 

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伊勢市駅から鳥羽駅の間の車窓を撮影しました。

真珠の産地の志摩の国・鳥羽に初上陸です。

 

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10時41分にJR鳥羽駅に到着です。

ここから鳥羽城まで徒歩10分強です。

 

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JR鳥羽駅から南にテクテク歩くと、志摩の国の海の幸を食べさせてくれる食事店が数店入っている建物に差し掛かります。

ここで『割烹いろは』の主人に声をかけられて、ちょっと早めの昼食を取ることにします。

昨日の伊勢亀山城で満足な昼食が取れずに大変でしたからね。

 

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注文したのは、伊勢うどん&焼貝セット(1200円)でした。

伊勢うどんは今回初めて食べました。

伊勢うどんって出汁がありませんな。麺の下に醤油ダレがあるんです。

 

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グルグルグル・・・と、かき混ぜるとこんな具合になります。

この状態で一味唐辛子をかけます。

 

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今回のメインは焼貝5点盛です。

ホタテ2個とサザエと名前を忘れた貝2個・・・です。

潮の味と風味が良かったです。

 

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鳥羽城は志摩の国の戦国大名:九鬼嘉隆(くきよしたか)公が築城しました。

九鬼嘉隆公は織田信長配下の水軍の将で、その拠点の鳥羽城も大手門を海に面した作りとなっていました。

現在は周囲を埋め立てられており、簡単に鳥羽城に登城できます。

 

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JR鳥羽駅から徒歩10分少々、鳥羽城の北側から登城します。

が、ごらんの通り、現代の補強工事で改変されています。

結構、急な階段を登ることになります。

 

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階段を登り切りました。出丸はこんな感じです。

何も残っておりません。

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2014年3月 8日 (土曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その7

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いよいよ田丸城の見学も最後になります。

上の写真は田丸城の南端に位置する二の丸の南面になります。

 

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田丸城の南側に通じる搦手道から帰ります。

城の通路の定番、クネクネした道になります。ここで右折します。

 

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更に左折します。

クネクネクネクネと降りて行きます。

 

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ふと南側を見るとJR参宮線の下り列車が左側へ走り去って行きました。

 

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搦手道は田丸保育園の目の前を通って、スタート地点に戻ります。

そこから徒歩10分程度、JR田丸駅に到着します。

上の写真はJR田丸駅の跨線橋の上から西の方向、緑が生い茂っているのが田丸城です。

 

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9時49分にやって来たJR参宮線:伊勢市駅行きに乗車します。

次は鳥羽城に向かいます。

ちなみに登城スケジュールは次の通り。

7時12分 JR田丸駅
7時18分 田丸城入口到着
7時38分 富士見門見学
7時48分 田丸神社見学
8時00分 三の丸奥書院見学
8時22分 北の丸見学
8時41分 本丸見学
9時03分 二の丸見学
9時35分 JR田丸駅到着

じっくり見学する自分でも、田丸城見学には2時間は必要でした。

二の丸を見学するころには、電車の時間が気になり、少々焦りながらの見学でした。

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2014年3月 6日 (木曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その6

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田丸城の本丸の南側から二の丸に降りてゆきます。

写真は二の丸側から見た、二の丸と本丸をつなぐ虎口です。

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二の丸自体には特にコレといったものはありません。

 

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本丸と二の丸の間の斜面を下って、本丸を構成する石垣を南西隅がら見学したものです。

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ちょっと撮影位置をずらしたもの。本丸の石垣が万里の長城の様に続いています。

これは田丸城の見どころの一つですかな。

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その本丸の石垣を北へ進み、本丸の北西隅に建っている隅櫓の石垣台です。

先程天守台から、チラっと見学したところです。

 

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再びスタート地点に戻り、更に一段階段を下りてから、北の丸・本丸・二の丸を囲むように続いている石垣を見学します。

 

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これまた、立派な石垣の壁が続いているのですが、枯れた植物か石垣の隙間に生えており、ちょっと見ごたえがありません。

 

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ぐるりと今度は田丸城の東面に廻ります。

玉城中学校の校庭に入ってしまいますが、二の丸虎口を構成する石垣です。

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その二の丸虎口は北に向かって開いています。

南に向かって撮影しているので、思い切り逆光です。

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こちら側も西側程ではないですが、立派な高さの石垣が残っています。

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2014年3月 4日 (火曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その5

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いよいよ本丸に入ります。が、ここにもクランク状の食い違い虎口があります。

やっぱり厳重だな~。

 

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ここにもかつて門の礎石があったんだよ、というマークが表示されています。

 

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遂に本丸内の北側に位置する天守台とご対面です。

・・・城郭雑誌には掲載されていなかった鉄パイプ製の模擬天守があるんですけど。

 

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正面(南側)から見るとこんな感じです。

鉄パイプ製の模擬天守は天守台石垣いっぱいに建てられていなかったので、本当はもっと大きい天守だったのだと思われます。

たしかれこれだけの大きさじゃ、何の役にもたたない。

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南西側から見るとこんな感じ。

扇状の階段は後世に勝手につけたものらしい。

 

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階段を登ってみると、天守台の南面に付櫓の台となる石垣があったようだ。

 

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天守台から東側を望む。

本丸に到達するまで、クネクネ・カクカクと何度も折れ曲がって登って来たものです。

奥に見える白い建物が玉城中学校。かつては御殿があった場所です。

 

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天守台の西側には櫓跡と札が建っている場所があります。

内側からみると何が何だかわかりませんが、後で外側から見学します。

 

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天守台から南側・本丸全体を眺めます。かなり広いです。

 

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田丸城から西側を望みます。なかなかの景色でした。

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2014年3月 3日 (月曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その4

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田丸城内の北側には、その名も北の丸が存在します。

かなり広い空間ですが、特にコレといった遺構はありません。

ちなみに富士見門のあった場所から、この北の丸の外周をグルリと廻ってきて、ここまで来ています。

 

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北の丸には稲荷大明神が祀られています。

 

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北の丸はむしろ外側に降りてみて、石垣を見学する方が良いかと思われます。

写真は北の丸の東面の石垣です。

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北の丸の北面です。

石垣は東面だけの様で、北面はほとんどが土塁となっています。

このまま西に進むと、第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その3で見学した場所に戻ってしまいます。

 

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北の丸の見学を終了し、いよいよ本丸の見学に移ります。

写真は本丸虎口。このまま右折しながら斜面を登って行きます。

 

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右折するとこんな感じ。奥には本丸の石垣や鉄パイプで組みあがった天守が見えます。

 

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コーンの辺りには、本丸虎口にあった門の跡・礎石の跡が表示されています。

 

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門の跡を過ぎて、右手(北側)を見ると、斜面を登り切ってから、北の丸への入口につながります。

見学済みなので、斜面を登り切っても北の丸には行かずに左手(南側)にすすみます。

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前の写真から斜面を登り、南に進んでから西を見上げて撮影したもの。

天守のある本丸は目の前ですが、なかなか辿りつきません。

というより、田丸城が残っていて、自分が敵兵ならば正面から側面から攻撃されっぱなしです。

  

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なかなか本丸には簡単に入れないようです。このまま南側へ進みます。

 

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クランク状に前進して行きます。なかなか立派な石垣です。

いよいよ本丸に入城します。

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2014年3月 2日 (日曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その3

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結果論になるうえ、人の登城ルートなんぞ参考にもならないでしょうが、今回の自分の登城ルートです。(画像を左クリックすると拡大表示されます。)

結構、行っては戻るといった行動をしています。

 

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田丸城内に残っている唯一の建築物:富士見門になります。

本来は別の場所に建っておりまして、また写真のように小さいものではなく、左右に別の建築物が続いていたそうです。

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左側の屋根は切妻屋根(「ヘ」の字のような屋根)ですね。

おそらく長屋がつながっていたと思われます。

 

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右側は入母屋屋根(△屋根)となっています。もっとも当時物かどうか分かりませんが。

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富士見門の北側の登城路を進み、田丸城の内部北面から西面にグルリと反時計回りに歩いていきます。

こちらは石垣ではなく、田丸城の中世城郭の雰囲気を醸し出しています。

 

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田丸城内の西側に廻り込みました。

L字型に曲がった石垣が出迎えてくれます。

 

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左折して東に進むと、上には本丸の石垣と鉄パイプによる天守?が見えます。

 

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本来は土橋で行く手を遮られて行き止まりなのですが、現在は階段が設置されています。

おかげで北の丸と本丸に直行できます。

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2014年3月 1日 (土曜日)

第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その2

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とにかく田丸城の大手方向から斜面を登って行きます。

上の写真は食い違い虎口をちょっと登って振り返ったもの。

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で、右折して斜面を登って行きます。

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田丸城址には玉城中学校の校舎が建てられています。毎日坂を登って大変だね。

田丸城は南北朝時代に南朝方の城として建てられた中世城郭でもあったので、石垣だけでなく土塁も楽しめるのが良い。

 

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せっかく斜面を登ったのに、田丸城の外の北側にある田丸神社に向かいます。

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一応、神社にお参りをしてから東側にある建物2つを見学します。

これら2つの建物は田丸城の建物だったそうですよ。言われなければ気がつかないけどね。

せっかく三重県まで来たのならば、見ておきましょう。

 

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田丸城の東側の土塁。かなりの急斜面と高さです。

さっきまで、この土塁の上を歩いていたんだな・・・。

 

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ついでに見学しましたが、かつて日本中を走っていた蒸気機関車の静態展示を見学。

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こちらの方がメインかな。田丸城内にあった奥書院です。

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中には入れませんが、窓から覗いてみたりして。

凄い生活感があるなあ・・・。

まだまだ田丸城の見学は続きます。

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第2次三重県城郭遠征 田丸城編 その1

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三重県城郭遠征の2日目はホテルのある松阪市から南方面に行くことにしました。

まずは6:48松阪駅発のJR参宮線に乗り、多気駅にて更に田丸駅に向かいました。

ちなみに・・・田丸のアクセント、「お金が貯まる」と同じらしい。

 

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7:10頃にJR田丸駅に到着。無人駅でございました。

降りたと同時に田舎の香水?の臭いが・・・隣接のトイレの臭いでしたw

 

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実はJR参宮線は田丸城の搦手道のすぐそばを通過してJR田丸駅に向かっており、駅から10分弱歩くと、田丸城が見えてきます。

正面の白い建物が玉城町の保育所で、右手のレンガ色の建物が玉城町役場、そしてその向こうの小山が田丸城です。

あまり高い山城でなくて良かったです。

 

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田丸城をグルリと囲むように立派な外堀が残っております。

ちなみに左手の道を進むと搦手道に通じます。

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とにかく保育所と町役場の間をぬって、田丸城に入城していこうと思います。

まあ・・・本当の登城ルートは写真の橋を渡らないで、町役場の方に向かって行くのが正しいのかと。

 

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町役場の裏では田丸城の石垣と内堀を見学できます。

よーく見ると、石垣を左側に積み足したようなラインが見えますな。

これは後世のものかな。

 

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朝日を受ける田丸城の石垣と内堀。なかなかのものですな。

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これは田丸城の大手口。

今では車道が直線に伸びていますが、当時は石垣が車道をふさぐように積まれていて、右折して入城したそうだ。

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とりあえずは大手道をそのまま進み、田丸城に入っていきます。

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