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2013年12月21日 (土曜日)

韮山城登城記 その1

冬の青春18切符による城めぐりの旅、第2弾は静岡県伊豆の国市の【韮山城】でした。

韮山城といえば・・・戦国大名第1号の北条早雲ゆかりの城です。

しかし・・・同じ静岡県の興国寺城とゴッチャとなっており、城郭検定ではそこを突かれて、ひどい目に遭いました(苦笑)

ならば、実地研修するしかあるまいと、まず韮山城への登城計画を決定。

ところが事前調査をしてみると・・・周辺には日本史を勉強した者からすると、面白い場所ばかり。

当初は韮山駅から徒歩で回ればいいかと思いましたが、隣の伊豆長岡駅にはレンタサイクルがあるとの情報を前日の夜にゲット。

レンタサイクルがあるだけで、行動範囲が一気に広がりますな。

ということで・・・東京から伊豆長岡に向かいます。

 

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まずはJR新宿駅から山手線に乗り、JR品川駅で東海道線に乗り換え、JR熱海駅に向かいます。

 

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JR熱海駅でJR東日本⇒JR東海に電車を乗り換えて、JR三島駅に向かいます。

 

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2012年12月末にも山中城登城のために三島駅に行った記憶が・・・。

今度は伊豆箱根鉄道の三島駅から伊豆長岡駅に向かいます。

 

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約30分足らずの乗車で伊豆長岡駅に到着。意外と近いということが分かりました。

駅にはコンビニも接続していて、結構便利です。

伊豆長岡駅ではレンタサイクルを10時~16時まで500円で貸し出しています。電動自転車でも、フツーのママチャリでも500円です。

とにかく、朝10時に韮山周辺の観光を順調にスタートすることが出来ました。

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伊豆長岡駅(西口)を出て、線路に沿って南進。その後、東に進路を変更して踏切を渡ります。

最初の目的地は【韮山反射炉】です。

最寄駅は伊豆長岡駅ですが、自転車で10分以上はかかる距離です。

北を眺めると、真冬の空に映える富士山が見えるではないですか!!

昨日の雨がウソのようです。さすがにオレは晴れ男だw

何度も自転車を停めては、デジカメのシャッターを切ります。

 

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最初の目的地の韮山反射炉に到着・・・って、入場料を徴収されるのか?

実は反射炉自体は外から見ることも出来るのですが、解説などは写真の建物に入ってみるしかありません。大人100円でした。

 

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江戸時代末期に韮山反射炉を造った、江戸幕府の韮山代官の江川英龍(えがわひでたつ)公の銅像です。

ここ韮山では英雄というべき扱いです。のちほど紹介いたします。

 

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そもそも、韮山反射炉という言葉は聞いたことがありますが、具体的に何なのか、何で反射するの?というレベルでした。

反射炉とは鉄を溶かすための装置で、炉内の天井がドーム状になっていることから、炎の熱が『反射』して、千数百度の温度で効率よく鉄を溶かすことができるものだそうです。

 

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では何故、千数百度の熱で鉄を溶かさねばならないのか?

↑の写真の様な鉄製の大砲を作らねばならんから。
※上の写真の24ポンド砲は現代に製造したレプリカだそうだ。

幕末の黒船来航後、江戸の防衛のために東京湾に6つの台場が築かれたのですが、その台場に設置する大砲を急いで作らねばならなかったようです。

先月・・・オレ、第三台場に行ったよ。砲台を見てきたよ・・・。

何と! お台場の大砲はメイド・イン・韮山反射炉だったのか。歴史のつながりで感動しました。

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ちなみに↑の大砲もあった。

飛距離を目的としたものではなく、高く撃ち上げて、防壁を越えて攻撃するための大砲だそうだ。

 

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韮山反射炉の高さはおよそ16mほど。お台場のガンダムよりちょっと小さい。

煙突の周囲に鉄骨が貼りめぐらされているが、これは崩壊を防ぐために補強したもので、当時はフツーの伊豆石の煉瓦のまんまだったそうだ。

しかし・・・なんで4本の煙突が角度を変えて建っているんだろう? とガイドのおじさんに聞いてみた。

 

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煙突に2方向を囲まれるように鋳台がある。

今でこそ↑の写真の様だが、当時は数メートルの穴が掘られていたという。

つまり大砲を鋳造する型(砂型)をこの鋳台に設置して、2方向から流れてくる溶けた鉄を砂型に流し込んでいたそうだ。

なるほど。2方向から流し込めば効率良く、鋳造出来ますな。

 

ちなみに写真は無いが反射炉の近くには小川が流れており、水車小屋があったという。

江戸末期の鋳造技術では、大砲を鋳造するといっても、穴の開いていない太い鉄の棒をまず鋳造したそうだ。

その鉄棒を水車小屋の隣に寝かして固定してから、大砲の穴をあけるために槍の穂先の様な刃でカリコリカリコリと彫っていたそうだ。

その槍の穂先の様な刃を回転させるために水車の力を利用したそうですよ。

もう・・・先人の努力に脱帽です。

入場料100円では安いくらいに幕末の勉強が出来ました。

その2へ続く・・・

 

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