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2013年8月の20件の記事

2013年8月28日 (水曜日)

これも組み上げないとなあ・・・。

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我ながら情けないんだけど、↑↑↑の1:100縮尺のガンダムMk2(しかもVer1.0)も組み上げ途中なんですよね・・・。

もうかれこれ7年以上前から放置しているんですけど。

ここまでやったら、塗装して完成させないとね。

1:100縮尺のソードストライクガンダムと1:144縮尺のスタークジェガンの塗装が止まっているから、ちょっと今日は手があいてしまいました。

ということで、↑↑↑に手を出したのです。

あっちこっちに浮気しちゃ、どれも完成しないので、集中力と作業力は多くても3個に絞らないとな。

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2013年8月26日 (月曜日)

ソードストライクガンダムを作る その4

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本日は60分をかけてキャラクターホワイトを吹き付けておりました。

分かってはおりますが、白は発色するまで何度も吹きつけねばなりません。

仕方ないので発色するまで何度でも吹きつけねばなりませんな。

コツコツとやっていくしかないんですよね・・・。

あ、上の写真は持ち手を部品に付けて白い塗料を吹き付けているんです。

吹きつけたら、100円均一ショップで購入したカゴの穴に突き刺しています。

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2013年8月25日 (日曜日)

ソードストライクガンダムを作る その3

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ノリに乗っております。

昨日はソードストライクガンダムの胸をGSIクレオスのNo110のキャラクターブルーを吹き付けまして、本日は全身をGSIクレオスのNo107のキャラクターホワイトを吹き付けました。

コツコツがんばるぞ。

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2013年8月24日 (土曜日)

ソードストライクガンダムを作る その2

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本日の朝はGSIクレオスの塗料:No108のキャラクターレッドを吹き付けました。

両足のスリッパ×2、盾、腹、顔のアゴ&クマドリ、額の6パーツ。

赤なので黄色の吹き付けより楽ちんでした。

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昨日、塗装した黄色の部品と今回塗装した赤の部品と未塗装の部品を組み上げてみました。

ふむ、やはり塗装すると違うな~。

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こちらも同じく頭部を組み上げてみました。

ヘルメットの部分、目玉の部分、目のクマドリの部分、アゴの部分、ツノの部分と別々のパーツなのがスゴイ。

昔は頭部の前面で一体部品だったものね。塗装しにくかったのにね。

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2013年8月23日 (金曜日)

スターク=ジェガン 製作記8

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たしか2010年5月に素組みをしていた1:144縮尺のスタークジェガンです。

素組みで我慢すればいいものを、この3年の間に表面処理をひたすらにしていました。

完成に近いということで、押入れの奥からひっぱり出して、製作再開です。

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今回行った作業は上の写真の部分。

0.3ミリ厚のプラ板を1~2ミリ幅の短冊状に切りだして、3ミリの長さにカット。

それを4個×4面=16個カットしました。

デザインナイフでチョンと刺して、接着剤を塗って肩のミサイルポッドの側面に貼りました。

細かく言うとちゃんと直角のでている短冊になっていない。

接着剤が乾いたら、ちょっと加工しようかな。

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ソードストライクガンダムを作る その1

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1/144縮尺のダッガータイプのプラモデルか完成したということで、次回作に手をつけます。

昨日のブログにて色々と途中経過のプラモデルを並べましたが、一番完成に近いのは【1/100 ソードストライクガンダム】と判断いたしました。

同じ1/100縮尺でマスターグレードも出ていると言うのに、今さらの無印の1/100のストライクガンダムです。

でもね・・・オレ、この無印の1/100のストライクガンダムのかたちが好きなんですよ。

これまた放置されていたものを、ダッガータイプの完成の勢いで作り上げてしまおうと言うことです。

今日は、たった4つの部品でしたが、コンプレッサーを回して塗装をいたしました。

使った塗料はGSIクレオスのラッカー系塗料の329番:イエローFS13538です。

ウデが伴っていませんが・・・・いいんです。黄色であれば特に問題はありません。

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ダッガータイプを作る 完成

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当ブログにてちまちまと製作報告をしてきた、1:144スケールのダッガータイプが完成しました。

最後の汚し塗装は楽しかったです。

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2013年8月22日 (木曜日)

さあ、どれを作るんだよ

現在塗装中のダッガータイプのプラモデルですが、一応仕上げを終了し完成といたしました。

写真は後日・・・ということで。

完成したねえ~とホッとしている場合ではない。

まだまだ作りかけのプラモデルがあるのです。ホントに情けないもんです。

アッチコッチに手を伸ばしている状況じゃないだろう、オレ。

一つのことに集中して取り組みなさい、オレ。

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↑現在、作ってみたいなあ~と思っているHGUCのガンダムMk2。

現在組み上げている状況。

世間ではリアルグレードのガンダムMK2が販売されているというのに、HGUCすら完成させていない体たらく。我ながら情けない。

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↑ガンダムMK2といえば、3機揃えるのが約束と言うべきか・・・

ティターンズ仕様のMK2も組み上げています。まあ組み上げている状態のまま。 

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↑うひゃあ~バラバラww

ティターンズ仕様のガンダム MK2はHGUCだけでなく、スケール違いのMGも所有しています。

世間ではVer2.0が出ていると言うのに・・・何をしているんだよ、オレ。

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↑1:100スケールといえば、ガナーザクウォーリアも組みあがっています。

長い銃器を持つロボットはやはりカッコいいですな~。

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↑こちらも1:100縮尺のソードストライクガンダムですな。

何と塗装に入っていた。これが一番完成に近いんじゃないか・・・・。

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↑人型ロボットから離れまして・・・ウン年前に彼女さんにプレゼントしてもらった、MGシリーズの宇宙空間ポッドのボール。

これも組み上げただけ。

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↑こちらは1:144スケールのHGUCの百式。

これもまだまだ組み上げている状況・・・どうするんだ、オレ。

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↑こちらは過去のブログにも紹介しました1:144スケールのスタークジェガンです。

こちらは表面処理を終えて塗装前の状況。

これも頑張れば完成に持っていけるな・・・。

こうしてみると・・・・ホントに一つのことに集中できない自分が情けないと思います。

上の8つだけじゃないのが、困ったものです。

心を入れ替えて、一つのプラモを完成させるまで集中して作っていこうと思っております。

反省www

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2013年8月19日 (月曜日)

ダッガータイプを作る その10

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今日は1時間ほどダッガータイプの汚し塗装をいたしました。

いや~下手だねえ・・・色々と頑張らないとアカンのかもしれないが、ダッガータイプだけに時間をかけるわけにもいかんしね。

もうちょっと汚せばいいのだけど、どうして良いのやら・・・。

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2013年8月18日 (日曜日)

二俣城&鳥羽山城 その5

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↑二俣城の水の手曲輪への入り口

さて【鳥羽山城】の見学も終了し、残りは【二俣城】の未見学部分だけとなりました。

先程も書いた通り、【鳥羽山城】と【二俣城】の距離は400mですから、コンビニに買い物でも行くつもりで、戻ってきます。

 

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↑二の丸の入り口を南側から

先程は本丸からいきなり水の手曲輪に降りて行ってしまったので、二の丸を見学します。

といっても、普通の空間なんですけどね。

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↑二の丸と本丸をつなぐ虎口

二の丸と本丸は写真のとおり石垣で固められた虎口でつながっています。

天守台と同様に見どころの一つでした。

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↑二の丸から東に開く大手門跡

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↑再度二の丸の虎口を正面から撮影

また【二俣城】のもう一つの見どころが二の丸から東に開く大手門跡です。

石垣が南北に積まれており、おそらく櫓門が建っていたのではなかろうか。

 

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↑蔵屋敷曲輪へ続く

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↑蔵屋敷曲輪に入ろうとしたのですが・・・

さて二の丸の南に続く、蔵屋敷曲輪を見学することにしました。

蔵屋敷曲輪と南曲輪は中世城郭としての【二俣城】が残っているのですが・・・。

真夏の城めぐり、特に山城については向いていないというのがよく分かります。

もう草ぼうぼうで何が何だかわからない状況です。

しかも本日は半袖シャツで着ておりますので、このまま突き進むのは危険です。

蔵屋敷曲輪と南曲輪にもちょっとした石垣が残っているようなのですが・・・今回はあきらめることにしました。

 

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↑再度、二俣城天守台

名残惜しさもあり、再び【二俣城】の天守台を見学しました。

やはり石垣の遺構が残っているというのは、その城に行ってみたいと思う原動力になりますな。

東京から6時間弱の各駅停車の電車旅も無駄ではなかったというものです。

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↑二俣城天守台の石垣のアップ

先週は同じ静岡県でも丸い河原石を積んだ【横須賀城】を見学しました。

今回はゴツゴツした石垣の【二俣城】です。さすがに違いが分かると言うものです。

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↑北曲輪は現在神社が建っています。

最後に【二俣城】の本丸の北に広がる北曲輪を見学します。

明治時代以降に国の為に亡くなった二俣町出身者の霊を祀っている旭が丘神社が建っています。

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↑二俣城の縄張り図にもなりますな。右が北になります。

さて【二俣城】の見学を終了したのが14時50分。

帰りの掛川行きの天竜浜名湖鉄道が来るのが15時30分あたりで、遅くとも15時25分には戻っていたいところ。

ここで思い出したのが・・・『松平信康の墓を見ていない。』

一番最初に見学した【清瀧寺】にあるのに、【信康廟】を見ていないというポカミス。

【二俣城】から二俣本町駅まで約15分。

【清瀧寺】から二俣本町駅まで約15分。

残り35分でどうするか?と自問自答・・・・。

 

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↑二俣周辺の名所の地図

【二俣城】と【清瀧寺】は同じ山の尾根続きでして、地図を見るとハイキングコースとなっているそうです。

これを使えば、山を降りて、また登ってという面倒をせずともショートカットで【清瀧寺】まで行けるはず。

距離は400mと表示されていたので、迷わずに【清瀧寺】に向かいます。

 

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↑走りながらハイキングコースを撮影

しばらくは車道を歩くのですが、しばらくすると一度車道を外れて斜面を下りることになります。

そして竹林を北に突き進むハイキングコースとなります。

写真では明るいですが、実際は鬱蒼とした竹林でした。

トカゲは横切るわ、虫は飛んでくるわ、とにかく早いところ抜けていきたいハイキングコースでした。

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↑信康廟の入り口です

ハイキングコースを抜けると、そこは墓場でした。

夜には行きたくないな・・・・。

ともかく【清瀧寺】の裏に出ました。ホント、先程見学した【清瀧寺】の本堂の真裏にありました。

まったく・・・何しているんだ、オレ。

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↑信康廟

織田信長の命令により、嫡男の松平信康に自刃を命じた徳川家康は、ここ【清瀧寺】に信康公を葬ったそうです。

本来なら織徳同盟を破棄して、織田信長と戦うという選択肢もあったはずだし、そもそも信康公は武田氏に内通していないようなので、少なくとも弁明しても不思議でないのだけど、将来の徳川一門の為に涙をのんで、嫡男に自刃を命じた徳川家康の心中を察すると、ただただ悲しいばかりです。

ホントに忍耐忍耐の人生だった家康公ですね。

 

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↑掛川駅行きの天竜浜名湖鉄道 15時32分

さて、信康廟を見学終了したのが15時07分。

二俣本町駅に15時25分についておきたいので、残り20分弱で【清瀧寺】から駅に戻ればよいことになります。

心の中でガッツポーツです。

で、15時23分に二俣本町駅に到着。ホントに徒歩15分なんだな・・・。

ともかく・・・

15時32分発の天竜浜名湖鉄道に乗車
⇒16時35分掛川駅発の東海道本線に乗車
⇒18時59分熱海駅発の東海道本線に乗り換え
⇒19時33分国府津駅発の湘南新宿ラインに乗り換え
⇒20時53分に新宿駅に到着

やはり・・・5時間以上の電車旅でしたw

おしまい。

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二俣城&鳥羽山城 その4

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↑鳥羽山城の縄張り図

車道をぐるりと回りながら、鳥羽山城の入り口に到達しました(↑の写真の現在地)。

そうだな~。上の写真でいうと本丸を中心にして、1時の方向から反時計まわりに、9時、6時と回ってきたような感じです。

で、5時の方向にある大手道から登城します。

 

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↑大手道の東側の堀切を上から眺める

その大手道を登るのですが、振り返ると写真の様な堀切が見えます。

深さが分かるかな・・・。

 

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↑石畳で覆われた大手道

軍事目的の【二俣城】、迎賓目的の【鳥羽山城】の通り、【鳥羽山城】の大手道は立派な石畳となっています。

ホントに現存遺構ですかな? 現代の復元と違うの?

 

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↑大手道を登りきったところ。

大手道を登りきると少々広い空間に出ます。

立派な石垣があるのですが・・・夏の登城はアカンな、草ボウボウで石垣が隠れてしまいますよ。

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↑東曲輪南側の石垣

それでも石垣を見学してみますと、【二俣城】の天守台と同じ野面積の石垣です。

 

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↑大手門、そして奥には本丸が続く

大手道は東から西に登っていくのですが、ここで北に右折します。

桝形空間となっておりますが、やはり幅6メートルの通路は迎賓目的なのでしょうな。

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↑大手門の石垣

大手門の周辺は石垣で固められており、門柱の礎石らしきものも認められます(写真の右隅あたり)。

 

 

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↑本丸の南に設置されている展望台

木造の展望台が本丸の南側に設置されています。実際にもこういった櫓が建っていたんじゃないかと。

中に入ると広々としており、涼しかったですねえ。

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↑浜松方面の平野が広がる。鉄橋は天竜浜名湖鉄道

木造の展望台から南側を眺めます。

鉄橋を渡る天竜浜名湖鉄道は、西鹿島駅に向かいます。西鹿島駅で遠州鉄道に乗り換えて新浜松駅に行くこともできますが・・・。

 

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↑本丸の西側に何故か滑り台が・・・。

事前情報として把握してはいましたが、【鳥羽山城】にはローラー滑り台が設置されています。

ここまで来たのですから、滑りたいのはヤマヤマですが、山城の滑り台ですから、どこにおろされるか分かりません。

またここまで登っていくのが嫌だしw

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↑本丸から東に開く本丸通用門

とても低いように見えるのですが、174センチの自分がラクラクに通り抜けられる程の高さでした。

現在は土塁同士をつなぐ木橋がかけられていますが、当初は櫓門でも建っていたのかな?

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↑本丸から北に開く搦手門から北東側を見下ろす

本丸を南から北に突き抜けて、搦手門を出ます。

搦手門からみて東北方面の空間を見下ろします。現在はわんぱく広場なる公園になっているようですが、真夏では草ぼうぼうで、入場はあきらめました。

おそらくここも何かしらの曲輪だったのでしょうか。

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↑本丸北西側につならる笹曲輪

搦手門の北西側に進んでいくと、小高い丘に進みます。笹曲輪です。

展望台となっています。

 

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↑笹曲輪に設置の展望台から望む

笹曲輪から眺めるとこんな感じです。天竜川も見えますね。

山の向こうに浜松駅に隣接して建っているアクトタワーが見えるそうですが・・・夏ではしょせん無理な話です。

そもそも方向が違う気がするんですけど。

  

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↑本丸の西側の下に広がる腰曲輪

搦手門からグルリと本丸の北⇒西⇒南へ降りて行きます。

本丸の西側にちょっと広い空間となっている腰曲輪があります。

ここも石垣で固められた空間となっています。やはり御殿とか住居施設があったのかな。

 

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↑本丸の西側から滑り降りる滑り台は腰曲輪に続きます。

その腰曲輪の南に本丸の西側から滑り降りるローラー滑り台の終着点がありました。

結構、楽しかったんじゃないかな・・・時間があれば滑っていたものを。

  

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↑本丸の南西下に続く腰巻石垣

いよいよ【鳥羽山城】見学も終了になります。

西側の腰曲輪から南へ降りていく通路に腰巻石垣が続いています。

腰巻石垣とは、石垣石が不足もしくは節約のため、まず石垣石を積んでから、上に土塁を盛って高さを稼ぐ石垣のことです。

逆に土塁の上に石垣を積むものを鉢巻石垣といいます。

さて、この時点で14時08分。

【清瀧寺】、【二俣城】、【鳥羽山城】を見学開始してから、早くも2時間が経過。

残り1時間で【二俣城】に戻って、見ていない縄張りを見学しなくてはなりませんが、まあ1時間もあれば楽勝と言ったところでしょうか。

いや、肝心なものを忘れていたのに気が付いていなかったのですがね・・・。

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2013年8月17日 (土曜日)

二俣城&鳥羽山城 その3

【二俣城】の本丸を見学後、南へ下っていくことになりました。

 

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↑ヘアピンカーブの辺りが蔵屋敷曲輪だそうです。マムシに注意って看板がww

名古屋城や姫路城といった都市城郭はともかく、山の中にある中世城郭は冬はもちろん夏場でも長袖を着た方が良いです。

蚊には刺されるし、ヘビに噛まれたり、草木のトゲに刺されたりしますから。

と言っている本人が今回は半袖って説得力ないけど。

 

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↑二の丸と蔵屋敷の間の堀切・・・分かりづらい

【二俣城】は小山の尾根に沿って、北から【北曲輪】、【本丸】、【二の丸】、【蔵屋敷】、【南曲輪】と並んでいる連郭式城郭の形となっています。

【本丸】と【二の丸】の間だけ、ちょっとした段差ですが、他の曲輪同士の間には敵の侵入を食い止める堀切といった人工的な堀が築かれています。

とはいえ、真夏の城めぐりでは草ボーボーで何がなんだか分かりません。

 

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↑写真右の断崖の上には本丸・二の丸があります。

ヘアピンカーブを進んでいくと、天竜川へ降りて行きます。

先程、【清瀧寺】で見学した【水の手櫓】も天竜川に面した場所にあったのでしょう。

 

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↑土手の向こうが鳥羽山城。距離にして400m

蚊がブンブンと飛んでいる山道を下りきると天竜川の土手に出ます。

そして土手の向こうには【鳥羽山城】が見えてきました。

【鳥羽山城】とは武田氏に奪われた【二俣城】を奪還するために、徳川家康が築いた付城です。

当時は上の写真の土手はなく、左から右へと二俣川が流れていたのですが、こんなに近くに付城を築くとは思いませんでした。

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↑天竜川 写真の右下から左上に流れていきます。

炎天下の城めぐり。天竜川で涼みたい気持ちはありますが、制限時間は3時間。

延長しても1時間だけなので、とにかく先を急ぎます。

【二俣城】の見学も途中なのですが、ここまで降りてしまったら中断して【鳥羽山城】に行くのが良いでしょう。

当初の予定には無かったルートでしたが、後で地図を見てみると、この方が効率的だとおもいました。

 

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↑鳥羽山城への入り口から見た二俣城。こりゃ近いね。

戦国時代には【二俣城】を奪還するための【鳥羽山城】でしたが、堀尾氏時代には『天守は二俣城、御殿は鳥羽山城』といった役割分担を持たせたようで、二つの城で一つの城=『一城別郭』の性格を持っていたですよ。

まあ、コンビニに買い物にいけるような近さだからね・・・。

 

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↑鳥羽山城への入り口

さて再び山登りになります。

炎天下で大変ですが、車道が整備されていますので、足元はしっかりしていますし、ヤブ・蚊・ヘビの心配はなさそうです。

鳥羽山をグルリとほぼ一周する形になりますが、真夏の藪漕ぎをするくらいなら有り難い位です。

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二俣城&鳥羽山城 その2

【二俣城】と【鳥羽山城】へ登城する前に【清瀧寺】を訪問することになりました。

他のブログやホームページや城郭資料でも説明されているとおり、【二俣城】は徳川家康の嫡男:松平信康が母の築山御前とともに武田家に内通していたとの嫌疑をかけられて、自刃した地だそうです。

せっかく【二俣城】に行くのならば、その松平信康廟のある【清瀧寺】にも行かねば。

二俣本町駅から徒歩15分位ですか、【清瀧寺】(せいりゅうじ)に到着しました。

 

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↑清瀧寺の山門の外側です。

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↑こちらは清瀧寺の山門の内側。

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↑そして清瀧寺の本堂かな。しっかりと三つ葉葵の紋が屋根瓦に刻まれておりました。

 

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↑復元の水の手櫓(写真左)

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↑復元の水の手櫓

今回、【清瀧寺】を訪問したもう一つの目的が、写真の復元の【水の手櫓】にありました。

【二俣城】は駿河・遠江の守護大名:今川氏が滅亡した後、武田氏と徳川氏が激しく争奪戦を繰り広げた城郭なのです。

というのも、【二俣城】の北は信濃へ続く山々が、南は浜松へ広がる平野の境目といった要所に建てられており、また天竜川と二俣川に挟まれた天然の要害だったのです。

武田信玄が遠江へ侵攻した際、籠城中の【二俣城】に手を焼いていたのですが、【二俣城】の城兵が水の手櫓から天竜川の水をくみ上げているのを見て、天竜川上流から大量のイカダを流して【水の手櫓】を破壊したそうです。

結果、飲み水を確保できず戦意を喪失した【二俣城】は武田氏の手に落ち、武田氏は【浜松城】へ進軍、三方ケ原の戦いへと続くわけですな。

城郭検定試験にも出された【水の手櫓】を見学できて、満足・満足と【清瀧寺】を後にしました。

肝心な何かを忘れて・・・。

 

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↑奥の山の左側が【二俣城】の北の丸、山の右側が【清瀧寺】へ続く。

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↑決して高い山ではないのですが、登る階段はキツイ。

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↑階段を登りきり二俣の街を眺める。中央の高い山あたりが天竜二俣駅。

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↑この斜面を登ってゆくと本丸に続きます。

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↑さらに急な階段を上って行きます。がんばれ、がんばれw

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↑階段を登り切り、左手に進むと、本丸に続く食い違い虎口。

二俣本町駅から一番遠い【清瀧寺】からトンボ返りして、南進した後で西進すると、【二俣城】へ続く階段が見えます。(Googleマップのストリートビューでも予習できます。)

大した山ではないのですが、この炎天下では多少キツかったです。

ともかく北の丸と本丸の間に設けられた堀切に出ますので、左(南)へ曲がると上の写真の位置にでます。

 

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↑食い違い虎口を抜けると本丸へ。向こうに見えるは本丸南西隅に位置する天守台。

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↑本丸北東隅にある食い違い虎口を上から撮影したもの。

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↑北西を見ると天竜川がながれておりますが、急な崖がw

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↑二俣城天守台

武田氏の手に落ちた【二俣城】ですが、後に再び徳川氏の持ち城となります。

しかし1590年の徳川氏の関東移封により、【浜松城】には豊臣氏の家来の堀尾吉晴が入り、支城として【二俣城】には弟の堀尾宗光が入り、石垣による近世城郭化がなされます。

言われてみれば、【二俣城】の天守台は【浜松城】の石垣にそっくりだ。
( http://seiryumark2.cocolog-nifty.com/sideb/2008/02/post_0a5c.html )

とにかく【二俣城】見学のメインディッシュと言うべき天守台。

ここはじっくりと見学ですね。

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↑二俣城天守台を北から撮影。追加で設置された木の階段あたりに付櫓があったか。

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↑高さは4m弱かな。とにかく石垣石がゴツイ。

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↑天守台から東北方面の本丸を眺める。

【二俣城】見学は天守台を見たら終わりかなと思っていましたが、まだまだ続きます。

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二俣城&鳥羽山城

2013年夏の青春18切符の城めぐり旅の第4弾は静岡県浜松市にある【二俣城】【鳥羽山城】でした。(この2つの城の解説は後で・・・)

前々回の静岡県焼津市の田中城、前回の静岡県掛川市の横須賀城より遠い場所にありますから、もちろん早起きして電車の旅を開始します。

06:11 JR新宿駅発
(JR中央線)
06:34 JR東京駅発
(東海道線)
08:42 JR沼津駅発
(東海道線)
10:58 掛川駅発
(天竜浜名湖鉄道)
11:47 二俣本町着

といった具合です。
5時間30分の電車旅。もし新幹線を利用していたら博多駅まで到着しています(経験済み)

もっとも、東京駅や掛川駅で少々の休息はあったのですがね。

 

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↑桜上水駅にて乗り換えた京王線区間急行新宿行

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↑JR新宿駅にて東京行きの中央線

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↑JR東京駅にて沼津行きの東海道線が入線。東京駅から東海道線に乗るのは初めて。

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↑JR沼津駅で乗り換え。沼津駅から掛川駅まで各駅停車の旅。写真は掛川駅にて

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↑一度、JR掛川駅を出て、天竜浜名湖鉄道の掛川駅に入ります。

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↑掛川駅にて天竜浜名湖鉄道の新所原駅行

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↑もちろんほとんどの路線が単線です。

天竜浜名湖鉄道は掛川駅から北西に進み、浜松市天竜区に向かいます。

天竜二俣駅・二俣本町駅を過ぎると南進・西進し、浜名湖の西の新所原まで走ります。

今回の天竜浜名湖鉄道の旅は掛川駅⇒二俣本町駅までの1時間弱の旅路です。

 

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↑遠州森駅にて。主要な駅では複線になります。

天竜浜名湖鉄道の主要な駅は昔ながらの木造駅舎が残っており、国の有形登録文化財となっているそうですよ。

あ、そうそう。この電車、1両での走行でした。

こういう電車に乗るのは千葉県のいすみ鉄道以来ですね・・・。
( http://seiryumark2.cocolog-nifty.com/sideb/2009/12/post-011d.html )

 

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↑円田駅到着直前の風景。

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↑天竜二俣駅到着直前。建物の向こう左側に見えるの山が二俣城

天竜二俣駅には車両の方向を変える転写台が残っていて、有料で見学出来ます。

 

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↑天竜二俣駅の次、二俣本町駅に到着。まさに無人駅です。

ここで天竜浜名湖鉄道とはお別れ。

予定通りでしたが、長時間の各駅停車の旅はここで終了。

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↑二俣本町駅に隣接する日本蕎麦店の葉月さん

二俣本町駅に到着したのが11:47でしたので、昼食をとっておこうと思いました。

後で気がつきましたが訪問した【清瀧寺】、【二俣城】、【鳥羽山城】を歩きまわったルートに飲食できる店は見当たりませんでした。

コンビニの看板は見えたけど、コースから外れているし・・・。

ともかく事前調査した日本蕎麦店の葉月さんで昼食をとることは決めていたのです。

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↑注文した梅鳥肉蕎麦(\1000)

『まあ駅に隣接する蕎麦店だから、都会駅の駅構内の蕎麦店と同じだろう・・・』と思っていましたが、違いました。

店の内部はテーブル席で16席くらいはあった様で、店の御主人が一人で取り仕切っていました。

ざる蕎麦が800円なので、都会の駅構内の蕎麦店と比べたら、安くは無いですが、値段相応のお蕎麦が出てきます。

今回注文した梅鳥肉蕎麦・・・もやし・カイワレの他に夏野菜のトマト、オクラが入っていました。(あ、オレ、トマト嫌いなんですが、ちゃんと頂きました。)

鳥肉と梅肉でスタミナをつけて、これからの炎天下での城めぐりに備えます。

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↑二俣本町駅遠景

正午過ぎに昼食も終了。帰りの電車の時間も確認。時間制限は3時間、延長しても1時間と心に決めて城めぐりの開始です。

上の写真は二俣本町駅で、左側が日本蕎麦の葉月さん、右側が駅舎ですが思い切り無人駅です。

Googleマップのストリートビューでも見れますので、迷うことなく最初の目的地:【清瀧寺】に向かうことができました。

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2013年8月13日 (火曜日)

掛川古城(静岡県掛川市)

2013年夏の青春18切符を使った城めぐりの第3弾の2城目は【掛川古城】でした。

日本百名城にも選定されている【掛川城】は東海道新幹線の掛川駅周辺で車窓から天守を見ることも出来、有名なのですが、【掛川古城】となるとかなりマニアックですね~。

かく言うオレも4回目の掛川訪問で初めての登城でした。

ちなみに【掛川城】の登城記録は・・・ http://homepage2.nifty.com/mark2/kakegawa/kakegaw1/kakegaw1.htm

【掛川古城】【掛川城】の前に今川氏の家臣の朝比奈氏により築城されていた中世城郭でして、【掛川城】から北東350mの位置にあります。

現在はかつての掛川城主:北条氏重によって建てられてた徳川家光を祭る龍華院が残っています。

 

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↑駄菓子屋のすいのや(左)と掛川城の大手門(右)

まずJR掛川駅の北口から徒歩で掛川城天守に向かいますが、途中で東に右折、さらに北に左折すると【掛川城】の復元された【大手門】が見えます。

【大手門】の隣にはオレが訪問するたびにお世話になっている駄菓子屋:すいのやがあります。

昨年夏の掛川城登城の際に、猛暑にもかかわらず静岡おでんを頂きましたが、昨年以上の猛暑の今年は無理でした・・・。

それに・・・真昼間からおばちゃん達が席で酒を片手にたむろっていたんだもの・・・。

 

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↑北東側から撮影した大手門と大手門番所。

今年はすいのやの静岡おでんはあきらめまして、【掛川古城】を目指します。

写真の位置から右に歩いていくと西に進みますので【掛川城】に向かってしまいます。

今回は↑の写真の撮影位置の近くにある橋を渡って北進します。

 

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↑余談ながら橋の上から撮影した掛川城天守 左は太鼓櫓。

【掛川城】を左手に見ながら、ゆるやかな坂道を登って行きます。

しばらくすると左手に図書館、右手に小学校が見えますが、とにかく、つきあたりまで歩きます。

 

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↑つきあたりを右(東)に曲がったあと、写真左の坂道を登り龍華院に向かいます。

 

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↑坂を登りきると徳川家光を祀る龍華院があります。

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↑よーく見ると葵の紋が瓦に彫り込まれています。

龍華院は掛川城の城主だった北条氏重に跡継ぎの男子がおらず、お家断絶の危機にひんしていたため、徳川幕府のご機嫌をとるために?、【掛川古城】の跡地に建てたものだそうです。

しかし残念ながら北条氏重に跡継ぎはなく、北条家はとりつぶしとなったそうです。

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↑龍華院の南側に階段が・・・そこそこに高さはありますな。

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↑龍華院の東側には高さ2m弱の土塁が南北に伸びていました。

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↑その土塁の上から東側を望む。

正直な話、あまり【掛川古城】には期待をしていなかったのですが、土塁の上から見下ろした堀切の高さには感動しました。

 

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↑その堀切を横から撮影したもの

現在、堀切は通路となっていますが、その下を歩いてみると左右に切り立った壁に圧倒されます。これを一生懸命に堀り、削っていったのかと思うと頭が下がります。

※堀切・・・攻め手を食いとめるために、本来つながっていた尾根を人工的に掘り下げた防御施設のこと です。

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↑堀切の向こう側に登って行きます。つまりは龍華院の曲輪の堀切を隔てた東側の曲輪。

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↑東側の曲輪

東側の曲輪も広々としておりました。

奥の方にはこんもりとした盛り土がありましたが、さてこれが遺構かどうかは微妙。

 

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↑掛川城の南すぐの足湯

【掛川古城】の見学は15分もあれば十分でした。

その後、【掛川城】の近くを通りましたが、入場はせずにサラリと見ただけです。

で、いつもお土産を買っている【掛川城】の南にある和菓子店に行ったのですが・・・・
何と!足湯スペースになっていました。

えええええー!! 過去に2・3回お世話になったのですが・・・。

味噌まんじゅうは美味しかったし、抹茶あずきかき氷も美味しかったのですが・・・閉店とは・・・。

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↑掛川駅近くの銅像

まったく関係ないけど、掛川駅への帰り道、無性にエロい銅像を見つけました。

おしまい。

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2013年8月12日 (月曜日)

ダッガータイプを作る その9

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基本塗装が終了したダッガータイプのプラモデルですが、本日から汚し塗装を行うことにしました。

まずはエナメル系塗料のジャーマングレーをペトロールという油(油絵の具に使う)で希釈して、とりあえずは何も考えずに塗りたくります。

他にもブラウン系の塗料も塗りたくった方がいいかな。

とにかく色を暗く抑えて、汚れた感じを出していくのです。

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2013年8月11日 (日曜日)

横須賀城(静岡県掛川市)

2013年夏の青春18切符による城めぐりの第3弾は先週に引き続き静岡県の【横須賀城】でした。

【横須賀城】は日本百名城ではないマニアックな城郭ですが、先週の【田中城】と同様に全国的に珍しい城郭なのです。

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↑【横須賀城】の石垣のアップです。

【横須賀城】の珍しい点とは・・・石垣石が丸いこと。

大井川から拾って来た角がとれた丸い石(とはいえ、大きさはスイカ並み)で積み上げた石垣なのです。
 

早速、先週の田中城への遠征とほぼ同じ行程で、JR東海の袋井駅まで行きました。
(JR渋谷駅⇒JR品川駅⇒JR熱海駅⇒JR沼津駅⇒JR袋井駅)
 

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↑品川駅にてJR東海道線。朝6時半でしたが帰省の為か混雑していました。

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↑熱海駅にて撮影。沼津駅にて同じタイプの電車に乗り袋井駅まで~

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↑熱海駅で電車待ちの際に伊豆急行の特急電車を撮影。

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↑JR東海の袋井駅北口に到着。
南北自由通路を設置するための工事でちょっと不便でした。

JR袋井駅では秋葉中央バスが待っていましたので、450円で約20分の旅路で七軒町バス停まで行きます。

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↑七軒町バス停の写真。写真奥が西方面でJR袋井駅に通じる。
右手が北側。一度ここから北に50mほど歩き、すぐに東に歩いていきます。

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↑横須賀城の本丸跡地。
住宅地の中ですが、数台分の駐車場とトイレが完備されています。

七軒町バス停から、一度北に50mほど歩き、そこから東に向かい住宅地の小路を徒歩10分弱で【横須賀城】の本丸跡に到着します。(Googleマップのストリートビューで予習しました。)
 

さっそく【横須賀城】の本丸・西の丸の西側から時計回りに西⇒北⇒東⇒南と見学していきます。

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↑西の丸の北側に続くかつての米倉。現在は桜の植林地帯。
右手の西の丸の土塁の高さを実感。

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↑こちらは本丸の北西面の土塁。小路を奥に進むと北の丸に通じます。

【横須賀城】の西面・北面は典型的な中世城郭でして、高さ10m以上の土塁が目を引きます。鎧兜を身につけていない自分でも登れません。

 

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↑北の丸と奥に見える小山は松尾山。かつての本丸か?

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↑松尾山から方面から眺めた本丸の東北隅の天守台。
土塁とはいえなかなかのもの。

特に東北方面から眺めた本丸の土塁は天守台でもあるため、ホントに立派なものであります。



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↑本丸の南東側の石垣。
 

東面⇒南面へと足を運びますと、今度は先ほど説明しました河原石を積んだ高さ8mの石垣の壁が目に飛び込んできます。

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↑西の丸から東を望む。本丸の南側。

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↑少々拡大撮影したもの。

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↑本丸南側から撮影

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↑先程掲載した石垣を上から撮影。広場になっていた。
写真の向こうは遠州灘ですね。

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↑本丸の最上部を西側から撮影。

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↑天守が建っていたであろう天守台。こちらから見るとちょっとショボイw

城めぐりで様々な石垣を見学してきましたが、【横須賀城】の【玉石垣】=玉石積みは初見でしたね。

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↑住宅地と横須賀城に挟まれるように残る三日月堀。鯉も泳いでいました。

あ、そうそう三日月型の水濠も残っていました。

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見学の前半で見せた中世城郭の姿から、石垣積みの近世城郭の姿まで、一城で二度楽しめる【横須賀城】のポテンシャルに感激しました。


【横須賀城】は武田軍に奪われた遠江国の【高天神城】を奪還するために、徳川家康が家臣の大須賀康高に命じて築城した中世城郭なのですが、戦国時代が終焉しても横須賀藩の城郭としてのこったそうですよ。

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↑横須賀城の北西に位置する撰要寺。写真はかつての城門:不開門

撰要寺は七軒町バス停をちょっと袋井方面に戻り、下記に紹介するパンの郷で北に曲がると徒歩数分で行けます。

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↑横須賀城主だった大須賀氏の菩提寺でもある。

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↑七軒町バス停から袋井駅方面(西)へ20秒ほど歩くと、

パンの郷という店があります。
昼ごはんは当店で食べました。帰りのバスが来るので時間にして5分!

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↑左上が浜松餃子パンとパズーパン(天空のラピュタの関係かな?)

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↑13時09分七軒町バス停にやってきた袋井駅行きのバス。
秋葉中央バスの時刻表をメモしておくことは必須です。

見学時間は11時00分頃から13:00分頃の約2時間。

近くの撰要寺の山門(かつての横須賀城の城門)も見学をして、丁度このくらいで、JR袋井駅行きのバスがやってきました。

なかなか見どころのある百名城選外の城郭でした。

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2013年8月 8日 (木曜日)

ダッガータイプを作る その8

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今日も1/144のダッガータイプのプラモデルの塗装をしておりました。

アンテナと赤い部分等々を塗装して、基本塗装はこれで終了です。

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背面の写真がこちら。

後ろに付いている機銃と弾薬箱も塗装してから接着。

ともかく・・・これで基本塗装は終了。

次はバリバリに汚し塗装をいたします。

ガラリと見た目が変わって、ブルトーザーの様な重機の様な感じになればいいな。

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2013年8月 6日 (火曜日)

ダッガータイプを作る その7

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 久々のウォーカーマシンの1/144スケール ダッガータイプの製作日記の更新です。

 昨日から気分が乗ってきまして、毎日60分程度の製作時間をとっています。

 本日は腰についているヘッドライト部品の接着やら、横っ腹に生えている?パイプ類の接着をしておりました。

 あとは顔?にあたる黒い部分を塗っておりました。

 一気に進めようとしてもアカンね。毎日コツコツだ。

 

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 中古品でこのプラモデルを購入したと思いますが、その箱絵との比較です。

 自由に塗装して良いと説明書に書かれていましたが、まあ箱絵を見ながら所有の塗料で色身が近い物を選んで塗装しております。

 まだまだ艶の調整や汚し塗装もせねばなりませんが、組み立て作業は99%終わったので、あとは【楽しんで】塗装するだけです。

 目標は今月中に完成させることですな。

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2013年8月 4日 (日曜日)

田中城(静岡県藤枝市)

2013年夏の青春18切符の旅、第2弾は静岡県藤枝市にある【田中城跡】に登城することにした。

マニアの中では【田中城】は全国唯一と言ってもよい特徴がある。
それは城の縄張りの形が【丸い】ことなのです。

ウソだと思ったら、Googleマップで見てください。
(静岡県藤枝市にある 西益津小学校を中心に同心円の地図が広がっている。)

本来だったら飛行機か気球で上から見学したいのだけど、とにかく歩いてみて【田中城】の丸い縄張りを実感したかったのです。

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↑品川駅にて沼津駅行きの東海道線。

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↑静岡駅にて6両編成の浜松駅行きが3両に切り離し

朝4時50分に起床。
6:20 JR渋谷駅発(山手線内回り)
6:43 JR品川駅乗換(東海道本線)
8:42 JR沼津駅乗換(東海道本線)
9:56 JR西焼津駅着(東海道本線)

10:23 静鉄バスに乗り(160円)、たった数分の乗車で六間川バス停に到着。
ここから徒歩数分で【田中城 下屋敷】に到着した。

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↑田中城下屋敷の入り口の冠木門と2階櫓

 

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↑天守相当の2階櫓。残念ながら天守台?は現在築造したニセモノw

【田中城 下屋敷】には【田中城】の天守に該当した2階櫓(2間×3間)が移築されている。

あ、入場料は無料です。

 

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中は畳敷きでして、城・櫓というより御亭といってよい建物だった。
 

しかし、展示の内容は無料にしてはまずまずの内容でして、特に【田中城】のジオラマは見ていてなかなか面白い。

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↑写真の左手が南方向&西焼津駅方面。
田中城下屋敷は写真左端の中央あたり。ちょっと庭園になっているのが分かるかな。

本丸は長方形だが、二の丸・三の丸と同心円状に広がっていて、こんな面白い形の城は見たことが無いと思うこと必至である。

そうそう、【田中城】は東海道の要所(・・・って、どこの東海道沿いの観光地も言っているけどなw)だそうだ。

その為、武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった戦国オールスターズが布陣・宿泊した城なのである。

そして何よりも、大御所:徳川家康が鷹狩りを楽しんだ後、食べた鯛のテンプラが原因?で、この【田中城】に運び込まれたエピソードが有名。(城郭検定にも出題されたw)

また【幕末の三舟】の一人、高橋泥舟は田中城主の家臣だそうですぞ。(他の2人は、勝海舟、山岡鉄舟)

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↑下屋敷の中央に位置する茶室。茶室の向こうに銅板葺き屋根の2階櫓がちょっと見える

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↑田中城下屋敷の入り口近くに建つ中間部屋

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↑中間部屋の隣には馬屋があった。馬がでかすぎる。
北斗の拳のラオウが乗りそうな馬だよw

2階櫓の他には、茶室や中間部屋や馬屋があり、無料の割にはそこそこ楽しませてくれる【田中城 下屋敷】でした。

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