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2012年10月の5件の記事

2012年10月17日 (水曜日)

第2次長野遠征 松本城編

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2012年10月6日から8日までの【第2次長野遠征】も最終日。

JR長野駅8時22分発の篠ノ井線に乗り、JR松本駅まで向かいます。

隣の赤の車体の しなの鉄道とはお別れです。上田・軽井沢方面に行ってしまうからね。

 

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特急しなの号ではなく、篠ノ井線の各駅停車に乗車したのには理由がありました。

途中の姨捨駅はスイッチバックの駅なのです。

写真右側の線路の向こう側が長野駅方面で、手前側が松本駅方面です。

右側の線路の向こうから手前に電車が走ってきて、いったん進行方向を逆にして、写真の左側の姨捨駅に登って行きます。

姨捨駅を手前方向に発車して松本駅方面に出発していきます。

これは珍しいなあ。

 

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またJR姨捨駅からの景色がよいのです。おそらく向こうは長野県の上田とか坂城の方面だと思うのですが・・・。

姨捨駅の停車時に写真撮影をしていた人が多かったです。

 

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松本駅から徒歩15分程度で現存12天守にして国宝4天守の一つ、【松本城】に到着します。いきなりのドアップです!!

【松本城】の特徴は何といっても【黒】なんですが、マニアとしては最上層の大きさと、その下の第4層の大きさがほぼ同じと言うところに注目です。

写真を見ると微妙に最上層が大きいかな。

ホントは最上層は廻縁が廻っていて、高欄(てすり)が廻っていたのですが、雪の多い松本では廻縁に雪が積もって、それが溶けるとビチャビチャになり、木製の廻縁と高欄が腐ってしまいます。

なので!最上層を囲ってしまった結果、頭でっかちになってしまったようです。

 

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さらにマニアックな写真。

【松本城】の戸の溝に溜まった雨水を配水する管です。【姫路城】の西の丸の多聞櫓でも見ることが出来ますが、【松本城】のそれは黒漆で塗っているようですな。

【松本城】は他の黒いお城と違って、漆を塗っているので光っているようですよ。

 

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またまたマニアックな写真。【松本城】の内部の4階から5階に上がる階段です。

【松本城】の中でも最も急な階段だそうだ。

でも・・・福井県の【丸岡城】に比べれば、まだまだ甘いw

 

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順番が逆な気がしますが、【松本城】を北東方面から眺めたものです。

右から【乾小天守】、【大天守】、【辰巳附櫓】、【月見櫓】です。

※【乾小天守】と【大天守】の間は短いながら【渡り廊下】で接続されています。

 

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南東方面から眺めた【松本城】

右から【月見櫓】、【辰巳附櫓】、【大天守】です。

【姫路城】と違って水堀の上に直接石垣が建つので、天守台石垣の高さは【姫路城】程ではありません。

それでも日本に2つしかない五重天守なのです。

 

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南から眺めた【松本城】

【大天守】についている唐破風(第4層についている曲線の屋根)と千鳥破風(第3層についている三角形の屋根)がオシャレ。

【辰巳附櫓】と【月見櫓】は徳川家康の孫の松平直政が松本城主時代に建て増ししたものだそうです。

ちなみに松平直政は後の松江藩主。【松本城】といい【松江城】といい、黒いお城に縁があるんだなw

 

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【松本城】の魅力は見る角度によって印象が変わること。何度見ても飽きません。

 

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そして【松本城】の代表的な絵がコレ。

鉄砲狭間や石落としを装備した黒い戦闘的な【松本城】が優美に見えるのがよい。

黒い城でも青空が似合いますな。

 

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西から眺めた【松本城】

築城当初は【乾小天守】と【大天守】の連結天守だったそうだ。

その後、【辰巳附櫓】と【月見櫓】を接続して、全国的に珍しい(というか他にあるか?)『連結複合天守』の形式になったらしい。

 

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北西側から【松本城】を眺めたもの。

赤い橋は『埋橋』という橋で、赤い色が黒い松本城のアクセントになっていますが、当時のものではありません。

 

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【松本城】見学後はJR松本駅に隣接する信濃そばのお店で、ざるそばを食べました。

結構量があって満足満足です。

 

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まったく余談ながら、松本駅の駅ビル、MIDORIの地下1階にあるお土産店で見かけた看板なんですが・・・『くさっぱり』って何かと思った。

『臭っぱり』かな?って思ったよ。余白が足りなくて改行した位置がまずかったなw

 

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全国各地から集まった仲間とはJR松本駅でお別れ。

自分は13時47分発の あずさ20号で東京に向かいました。

 

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オマケの一枚。

あずさ20号がJR甲府駅を出発して、進行方向右側(南側)に見える【甲府城】の【稲荷櫓】です。

2012年8月に見学したから2か月ぶりですが、やっぱり見てしまう。

 

第2次長野遠征 報告は以上です。

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2012年10月16日 (火曜日)

第2次長野遠征 上田城編

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第2次長野遠征の第2日目の午後は【上田城】に登城しました。

上田城と言えば、徳川キラーの真田氏ゆかりの城。特に大坂の陣にて徳川軍を苦しめた【真田幸村公】のゆかりの地で、歴女さんたちの聖地とでもいうべき場所ですな。

JR上田駅前には【真田幸村公】の騎馬銅像が建っております。

 

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【上田城】へは上田駅から徒歩10分少々でつきます。

東日本に多く見られる土塁と空堀をつかった少々地味な城になります。

写真は【上田城】の東に南北につづく空堀です。かつてはここに電車が走っていたと聞きます。

 

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まずは百名城スタンプをゲットしに行きます。

【上田城】にある上田市立博物館の受付にて押印です。印面良好でした。

 

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で、【上田城】のメイン見学スポットといえる南櫓・櫓門・北櫓です。

上田城は真田氏が築城したものですが、真田幸村の兄:真田信之が松代城に移転すると、仙石氏が上田城に入城。今見る上田城の櫓などを建てたそうですぞ。

また中央の櫓門は復元ですが、南櫓と北櫓は現存のもので、明治時代に遊郭の建物として売られたものを上田市が買い戻したとのことです。

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櫓門をくぐってしばらく歩くと西櫓が見えてきます。

西櫓は当時からこの位置に残っている貴重な櫓なのです。 

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上田城の本丸は東西に長い長方形の形をしていますが、東北方向の隅がへこんでいます。

これは鬼門除けとって一種のまじないです。

  

 

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上田城のベストスポットはこちら。

奥に西櫓、手前に南櫓が見える旧:尼ケ淵の場所から撮影する上田城でしょう。

現在は駐車場になっております。

  

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上田城の東側には上田観光会館があります。

1階は上田城というより真田関係のお土産が販売されており2階は無料の休息所と鳴っていますが、真田昌幸、上田幸村、真田幸隆の鎧(もちろん模造品)が展示されています。

  

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ちょっとマニアックになりますが、上田城より東、上田観光会館よりも東、上田市役所よりも東にある長野県立上田高等学校の城門が、かつての上田城の御殿の門となっております。

ご覧のとおりの薬医門です。

松本城へ続く。

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2012年10月14日 (日曜日)

序章:京王線全駅制覇へ始動

2012年3月に『日本百名城スタンプラリー』を完全制覇してから7か月・・・。

何か面白いことないかな~と考える日々です。

時刻表を見ながら『JR全線の駅に行くというのはどうだろう?』と無謀な考えをいたしまいたが、『地元の京王線なら数年で出来そうだな~』と考えを変えました。

その京王線の路線図はこちら http://www.keio.co.jp/train/map/index.html

新宿駅から本八幡駅までの都営新宿線は運賃が高いので除外すると、行くべき駅は69駅となります。

ほどほどの数じゃありませんか。

で、利用する京王線は以下の3つ。

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7000系の京王線。記憶が正しければ1989年あたりには走っていた車体です。

オレが大学生だった頃は各駅停車の電車として走っていましたが、現在は特急電車として走っていますな。

 

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8000系の車体。このデザインは好みですな~。

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9000系の車体。ちょっと写真がぶれているけど・・・。

京王線は各駅停車・快速・通勤快速・急行・準特急・特急と6つのグレードがありますが、特急料金・急行料金はありません。

物心ついたときから京王線を利用しているオレとしては特急料金なしで育ったため、JRとか小田急線の特急料金が当初理解できませんでしたもの。

それはともかく・・・コツコツと京王線途中下車の旅をしていこうと思っています。

独断と偏見だけどw

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2012年10月13日 (土曜日)

第2次長野遠征 小諸城編

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第2次長野遠征の第2日目はまず【善光寺】に行ってまいりました。

この写真は結構よく目にする光景ですね。かなり大きいです。

 

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斜め下から撮影した【善光寺】です。

こうしてみると寺院建築もなかなかカッコいいなあと思う。

 

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【善光寺】の見学の後はしなの鉄道を利用して長野駅から小諸駅まで移動することにした。

しなの鉄道は今から15年前、長野新幹線が開通・営業開始したことで、JR在来線(信越本線の軽井沢・長野間)を引き継いで営業を始めた鉄道です。

JR篠ノ井線の一部(長野・篠ノ井間)を走ります。

 

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しなの鉄道の屋代駅に隣接する、長野電鉄の屋代駅のホームです。

2012年3月31日をもって長野電鉄の屋代線は廃線となったため、屋代駅も廃駅となってsまいました。

 

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しなの鉄道:屋代駅ホームと長野電鉄:屋代駅ホームを結ぶ歩道橋?です。

4年前・3年前に利用した経験がありまして、ミシミシと音がして少々恐怖した覚えがあります。それも今となっては二度と経験できない思い出になってしまいました。

 

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小諸駅を降りて、徒歩3分程度で【小諸城】の【大手門】に到達します。

先月の【弘前城】の櫓門にそっくりだ。

 

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【大手門】に隣接してそびえている櫓台石垣です。中々大きくて立派なものですよ。

 

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【大手門】を見学した後は、しなの鉄道の線路をくぐって反対側の【小諸城】の【三の丸櫓門】を見学しました。

【小諸城】はかつては武田信玄の家来の山本勘助が縄張りをした【穴城】だそうです。

普通、城は奥に行けば行くほど高い位置になるのですが、上の写真でもかろうじて分かるように【穴城】たる【小諸城】は奥に行けば行くほど低い位置になる全国的にも珍しいお城なのです。

豊臣秀吉の時代になると仙石秀久が近世城郭に改造。

また関ヶ原の戦いの前に徳川秀忠が上田城の真田氏を攻めあぐねて、【小諸城】に逗留したとか。

 

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写真の左側が二の丸、右側が本丸。紅葉谷といわれる堀切です。

本来はつながっていた場所を人工的にV字型に削って谷を作って防御力を高めた物です。

撮影した場所は橋がかかっていましたが、いざということは橋を破壊して敵の侵入を阻む作りになっています。

 

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本丸の石垣です。石垣石に苔がむすままになっているところが、小諸城の渋いところ。

古城の名をほしいままにしております。

 

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さらに西に進むと【天守台石垣】まで到達します。

かつては三重櫓が建っていましたが、現在は残っておりません。

岩をそのまま積み重ねる野面積みの典型的な石垣です。結構大きな石を積んでいます。

見た目には崩れはしないかと心配なんですけどね。

 

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【小諸城】の北側に東西にのびる空堀です。相当深くて、北側の防御は完璧ですな。

 

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城の北西隅:水手不明御門(みずのてあかずごもん)の方から西側を眺めます。

迂回しながら流れているのは千曲川。中々の絶景です。

 

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城の南西:富士見展望台から眺めます。

 

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【小諸城】の南側の曲輪は【小諸市立動物園】となっています。ライオンやら鹿やらいるのですが、一番笑えたのが熊でした。

日曜日の仕事疲れのお父さんのように仰向けになって寝ていました。

右足を檻に引っ掛けて伸ばしたり、右手で顔を隠したりと、やっていることは人間と変わらずです。

ちなみに第2次長野遠征の前日、JR長野駅に熊が2匹現れたとのニュースがありました。

 

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【小諸城】を出てから上田行きの電車まで時間があったので【小諸本陣】を見てきました。

参勤交代の途中に大名が宿泊するのが写真右側の【本陣】でして、一般の旅人の【旅籠】とは違います。

写真左は薬医門です。

小諸駅から北上徒歩数分なので、時間が余ったら見てみるのも良いかも。

相変らず内部の整備は進んでいないので見学できませんが。

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2012年10月10日 (水曜日)

第2次長野遠征 松代城編

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2012年10月6日から8日までネット上の知人と会うために長野県に行ってまいりました。

写真は9時52分東京発の長野新幹線:あさま513号です。

もっとも写真は長野駅で撮影したものですけどw

 

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上田城を探せ! って簡単過ぎる問題かな。

上田駅を発車してしばらくすると進行方向右側(北側)に見える光景です。

左が上田城の西櫓、右が上田城の南櫓です。

 

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腹が減っては戦はできぬ とばかりに、長野駅でオレを含めて3人が集合。

長野駅善光寺口からすぐの『油や』にて、なめこおろし蕎麦&天丼セットを食べました。確か1,300円だったかな。

オーソドックスな蕎麦でしたが、非常においしく頂きました。

 

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昼食後に最初に向かったのは、日本百名城の一つ、【松代城】です。

戦国時代は【海津城】と呼ばれ、武田信玄の家臣:高坂弾正が入った城で、川中島の戦いでも出てくるお城です。

江戸時代に入ると真田幸村の兄:真田信之が入城。松代城と呼称が統一されました。

上の写真は【真田宝物館】にある【松代城】の模型です。丸馬出しをつかった武田流の縄張りですが・・・現在は本丸(写真の中央上の四角部分)しか残っておりません。

 

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【松代城】の本丸は石垣で囲まれており、また櫓門2基と高麗門2基が復元されています。

 

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【松代城天守台石垣】を北西側から眺めます。

天守台の西側には土塁が、東側には石垣が続いています。

 

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【天守台石垣】の内側を東南側から見学。凹んでいるのが面白い。

天守相当の櫓は近世には失われているそうです。

【松代城】の見学は城域がそれほど広くないため、30分から1時間あれば十分です。

 

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【松代城】を見学後、南下します。

写真は廃線となった長野電鉄:屋代線です。向こうに松代駅が見えます。

過去に2回利用しただけに、寂しく感じます。

 

 

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【松代城】見学の後は松代藩の藩校:【文武学校】を見学します。

当日は入場料無料でした。ちょっとしたイベントを開催していました。

【文武学校】では【剣術場】、【柔道場】などが残っております。

 

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【文武学校】の【弓道場】です。

的の向こうは松代小学校です。さすがに矢が外れても良いように網が張られています。

 

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次は【真田新御殿】に行きました。

松代城の花の丸御殿の焼失後、松代城の外に建てた御殿だそうです。

数年前に修築したものの藩主の御殿があるのは貴重です。

 

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【新御殿】の内部です。修築後、壁とか襖が新しいですが、そこそこに広くて見ごたえもあります。

 

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【新御殿】での注目は天井の壁紙です。

白地に紺色の花の模様ですが、ここの部屋だけは現存の壁紙だそうです。

他の部屋の壁紙は複製だそうです。

 

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【新御殿】の庭園です。そんなに広くないですが、なかなかの美観ですな。

 

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最後に【真田宝物館】を見学します。

【文武学校】【新御殿】【真田宝物館】の共通券は500円。是非とも購入してほしい。

【真田宝物館】は真田信之以後の松代藩の様々な資料や宝物(刀・鎧・兜・鉄砲など)が展示されています。

ゆっくりじっくり見学したら、60分では足らないかと思われます。

 

つづく。

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