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2012年1月 9日 (月曜日)

福岡佐賀長崎遠征報告 第3日目

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 福岡佐賀長崎遠征の3日目、つまりは2012年の初めての登城は【肥前名護屋城】でした。

 豊臣秀吉による『唐入り』、つまりは1592年の文禄の役、1597年の慶長の役の前線基地であり、【肥前名護屋城】の周りには各大名の陣屋が至るところにあったという。

 写真は【肥前名護屋城】の隣、『佐賀県立 名護屋城博物館』(入場無料!)に展示されている【肥前名護屋城】を含めた名護屋地域のジオラマです。

 あまりのデキの良さに何枚も写真を撮らせてもらいました。
 (一部を除いて、ノンフラッシュ撮影可能なところが太っ腹ですぞ。)

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 豊臣秀吉亡き後、日本軍は撤退。天下を掌握した徳川家康は朝鮮に出陣していないこともあり、日本に侵略の意図はもう無いと示すために、【肥前名護屋城】の破城を命じたそうだ。

 ↑の写真は左側が【遊撃丸】の外側の石垣で、奥にそびえているのが【天守台】です。

 【遊撃丸】の石垣が「Vの字」に崩されているのが分かるかな。

 特に天守石垣の崩落はこの比ではございませんでしたなあ。

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 この写真は【弾正丸】から開いている【搦手門】の写真ですね。

 豊臣秀吉の義理の弟:浅野長政の職名が【弾正少弼】であり、この場所に陣取っていたことに由来するそうです。

 鉤型にジグザグとした巨大な門でした。

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 天守台から眺めた【遊撃丸】の写真です。

 1593年に講和の使者として来日した遊撃将軍:沈 維敬をもてなした場所があったことに由来するらしい。

 残念ながら1月1日は曇り空。
 本来なら対馬が見えたり、青い海が見えるのですが・・・。

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 これは【肥前名護屋城】の隣にあった【山里曲輪】への虎口です。

 朝鮮への出兵をしながらも、【山里曲輪】にてお茶を飲んでいた、豊臣秀吉のくつろぎの場所だったそうです。

 これまた、ジグザグジグザグジグザクと曲がりながら登っていく厳重な虎口でした。

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 朝10時から13時まで【肥前名護屋城】を見学した後、周辺の諸大名の【陣跡】を見学することにしました。

 オススメが【豊臣秀保の陣跡】と↑の写真の【堀秀治の陣跡】です。

 特に【堀秀治の陣跡】はコレ一つで小さな山城と言ってよく、石垣の跡や掘立建物の礎石や能舞台の跡や空掘・土塁など充実しておりました。

 と、まあ正月早々から充実した城めぐりでございました。

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