« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月の9件の記事

2010年1月25日 (月曜日)

愛媛遠征決定!!

 相変わらず、ニコットタウンに入り浸りで、こちらのブログ更新が滞っております。

 今度の2月の連休は愛媛県に遠征することが決定しました。

 もちろん、日本百名城スタンプリラリーの一環です。ついでに川之江城も行ってやろうと思っています。

 オイラも63城の百名城登城となり、残る百名城は北海道、北陸、山陰、四国、九州、沖縄と遠いところばかりとなりました。

 交通費と宿泊費の出費増大に頭が痛かったのですが、職場の共済事業のツアー代金の助成があることを知って、早速利用しました。

 東京から松山まで飛行機の往復&ビジネスホテル3泊&JR四国4日間乗り放題きっぷ混みで、33,300円でした。

 なんでも宿代は安い宿なので、全額助成してくれました。

 安すぎるんじゃないか・・・。

 帰りの飛行機に尾翼が付いていなかったりして・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

竹田城(Takeda Castle)

Img_3780_4 最近、NIFTYのニコットタウンに夢中で、本家本元のブログの更新が遅れております。

 しかも、ニコットタウンの仲間たちに、『天空の城、竹田城に行くんだ!!』と騒ぎまくった割に、そのレポートのアップが遅れています。

 

 本来なら、日本百名城スタンプラリーの登城日記は登城した順番に書くのが筋。

 が、そんなことを言っていたら、いつまでたっても竹田城の出番は来ないので、本日、レポートのアップと相成りました。

 

 で、上の写真ですが、2010年1月10日(日)の朝に撮影した竹田城です。

 JR播但線の竹田駅を挟んだ立雲峡から撮影したものです。

 

 竹田城といえば、晩秋の早朝、雲海に浮かぶ光景が有名なのですが、オイラが登城した日の兵庫県北部は曇り時々雨で、雲が竹田城の向こうから、どんどん湧いてくるといった湧いてくる状況でした。

Img059_3 オイラの撮影した写真では、竹田城の魅力が伝わりませんので、プロのカメラマンが撮影した写真を掲載します。

 竹田城『天空の城』とか『日本のマチュピチュ』といわれるのが分かるでしょ?

 幻想的な光景に、思わず息を飲みます。

Img_2949 竹田城に登ります。

 相当キツイ山道で、350メートル余りの山頂まで、30~40分かかります。

 写真は三の丸から二の丸と本丸を望んだ写真です。  

Img_3873  竹田城の本丸・天守台になります。

 ここで簡単に竹田城のウンチクを。

 竹田城は1443年、但馬の守護・山名持豊が、播磨の赤松氏に対する拠点として、家臣の太田垣氏に築城させたのが、始まりです。

 太田垣氏は中国地方の戦国大名、毛利氏に属したものの、1577年、豊臣秀吉の弟、羽柴秀長により竹田城は落城。

 その後、太田垣氏が復帰するも、1585年に赤松広秀が入封。1600年の関ヶ原の戦いで赤松広秀が西軍に属したため、竹田城は廃城となったそうです。

Img_3886 本丸から東の方面を眺めます。

 写真の左下隅あたりがJR竹田駅になります。

 竹田城に登城する前に登った立雲峡は写真の中央からちょっと右寄りの山になります。

 つまり立雲峡と竹田城を両方登るということは、これだけの距離を進まなくてはならないということです。

 オイラは駅から立雲峡まで片道2キロ・40分、駅から竹田城まで登山30分・・・でした。我ながらムチャをするなあと思っています。

Img_3890

 上の写真は竹田城の本丸から南千畳を眺めたものです。

 竹田城の代表的な撮影アングルですな。

 下界との対比が面白いです。

 

Img_3918 南千畳に降ります。

 写真の場所に櫓門が建っていたようですが、そこに積まれている石垣石の大きさに驚きです。

 オイラの身長が174㎝ですので、その大きさが分かろうというものです。

Img_3921 南千畳から本丸方向を眺めます。

 竹田城には建築物は残っておりませんが、山の上の石垣群にただただ圧倒されるばかりです。

 標高350メートルとは言え、石垣石をここまで運び上げるとは、当時の人々に脱帽です。

 

 純粋に竹田城の見学は10時11分から11時22分までの1時間強でした。(山の昇り降りの時間は除いています。)

 巨大城郭ではないですが、短時間で満足の得られるお城でしょう。

 この後、オイラは福知山城に向かったのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月21日 (木曜日)

しろまるひめ

Img_2931  

Img_2930 

 1月上旬の兵庫遠征で、姫路に行った時、1年半前の姫路遠征では見かけなかったキャラクターがおりました。

 その名も

 しろまるひめ

 です。

 

 姫路駅の駅ビルのイルミネーションにも、登場しておりました。

 

 あまりの可愛さに、ストラップを買ってしまいました。

 そのストラップに、しろまるひめのプロフィールがあるんですが・・・

 

 性別:女の子

 誕生日:4月6日の城の日

 出生地:姫路城の西の丸

 趣味:城内・城下のお散歩、好古園(姫路城となりの庭園)でお茶すること

 好きな食べ物:和菓子、ただし現在ダイエット中

 

 などなど、結構面白くて、オイラのハートをズキューンと撃ち抜いています。

 

 さすがは世界遺産&国宝天守の姫路城・・・同じ国宝天守の彦根城のひこにゃんに対抗して素晴らしいキャラクターを作ってくださいました。

 

 しかし・・・しろまるひめの着ぐるみって、どうなっちゃうんだろう・・・。

 ひこにゃんは、なんとか無理して着ぐるみ出来たけど・・・。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年1月19日 (火曜日)

お城のしおり

Img_4142  

 あいも変わらず、お城のネタです・・・。

 有名な城に登城し、お土産屋に行くと、金属製のしおりが売っているときがあります。

 サイズやデザインの方向性が一緒なので、何やら相談して作って販売しているのかなあと勘繰ってしまいます。

 

Img_4144

 

 一番最近に入手したのが、姫路城のしおりです。

 数ある日本の城の中で世界文化遺産を名乗って良いのは姫路城と二条城だけですな。

 

Img_4143 

 で、これが二条城の売店で売っていたしおりです。

 二の丸御殿がデザインされてます。

 

Img_4146  

 国宝の松本城でもしおりが販売されていました。

 

Img_4148  

 同じく国宝天守を持つ彦根城もしおりが発売されています。

 

Img_4147  

 姫路城・松本城・彦根城・・・とくれば、次はオイラの母上の先祖のお城、犬山城が来るはずなんですが・・・・。

 売店に行っても売っていなかったんだよね・・・。

 ぜひぜひ犬山城のしおりも販売してほしいなあ。

 

 で、最後は大坂城のしおりです。

 気分的に金ではなくて銀のしおりが欲しかったので、コレクションのうち、これだけが銀色です。

 

 しおりが欲しいなあと思う城は・・・名古屋城かなあ。

 しおりは売っているんだけど、透かし彫りのしおりじゃないんだよね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月18日 (月曜日)

城めぐり18 墨俣一夜城(Sunomata Ichiya Castle)

Img_1365_3 2009年2月15日(日)の大垣城への登城の次は、墨俣一夜城に登城してまいりました。

 大垣城の近所のレンタサイクルのお姉さんが、『私でも墨俣一夜城に行けちゃうから、男のあなたでも大丈夫ですよ!!』とおっしゃるので、変速ギアの無い自転車で墨俣一夜城まで行ってまいりました!!

 結論・・・大垣城から10キロは無いけど、7キロはあるわなあ。

 ホント、大垣城から県道?31号線をズーッと真っすぐに進み、揖斐川を渡り、長良川までたどり着いたら、墨俣一夜城が見えてまいります。

 ちなみに最寄駅はJR東海道本線の穂積駅だそうですが、これも南へ5キロの旅路ですので、大垣城と合わせて墨俣一夜城を見るなら、レンタサイクルも一つの手ではなかろうか?

Img_1374  今さら説明する必要もないほど、墨俣一夜城は有名ですが、一応、資料を片手にウンチクです。

 墨俣城とは1566年、長良川の美濃側の岸に、織田信長の家来、木下藤吉郎(言わずと知れた、のちの豊臣秀吉)が築いた城です。

 難航していた美濃攻略の足掛かりとして、木下藤吉郎が一夜にして築城したといわれておりますが、実際は長良川上流から建築資材をイカダにして流し、2,3日で組み上げたとのこと。

 そんなわけで、写真の様な天守はまったくのウソであり、本当の姿は丸太の柵で囲んだ陣地といた姿ではないかと想像されるわけです。

Img_1395 現在は河川改修で城跡の半分が削られてしまったのですが、今から20年以上前の竹下内閣が大判振る舞いした「ふるさと創生基金」の一億円で、この墨俣一夜城歴史資料館が建てられたのであります。

 木下藤吉郎が建てた丸太の城ではなく、4層6階建ての鉄筋コンクリートの建築物です。

 内部は木下藤吉郎=豊臣秀吉一色の展示物でございました。

 大きいお城ではないので、内部の見学に30分もいらないと思います。

 天守以外には豊国神社があった程度で、ホント1時間もあれば見学が終わっちゃいます。

Img_1417 ちなみに天守の最上階は展望台になっておりますが、北側を眺めると金華山上の岐阜城が見えます。

 この後、オイラは自転車でJR東海道線の大垣駅に戻り、今度は岐阜城に向かったのであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 6日 (水曜日)

兵庫遠征に行きます

 昨年末に計画していた兵庫遠征を8日から10日に実施予定です。

 年末は頭痛で行けなかったのだ・・・。

 行動予定は・・・明石城・赤穂城・龍野城・姫路城・竹田城・福知山城・篠山城・尼崎城を考えております。

 明石城・赤穂城・姫路城は既に登城済みですが、新しいスタンプ帳にスタンプを押す為に再登城です。

 もっとも姫路城は来年度から改修工事に入ってしまうので、その前に見学したいなあということです。

 

 龍野城・福知山城・尼崎城はオイラの登城コレクションのバリエーションを増やす目的なのです。

 つうことで、明日7日の夜、出発です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月 3日 (日曜日)

こんなことあるんだ

Photo

 正月の一般参賀の事を書きましたが、何も検索フレーズの1位から10位まで、1つを除いて全部、一般参賀について検索って、すごいなあ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年1月 2日 (土曜日)

新年一般参賀に行ってまいりました

Img_2926  2010年1月2日(土)、新年一般参賀に昨年に引き続き、行ってまいりました。

 皇居=江戸城に普段入れない場所に入れるのは、12月23日の天皇誕生日と、この新年一般参賀しかございません。

 昨年も書きましたが、決して普段、見ることの出来ない櫓や門を見るのが目的ではないのデス!

 で、天皇陛下に新年のお祝いを申し上げるべく、参上した次第でございました。 

 で、写真は皇居の中から二重橋を撮影したものです。

 天皇誕生日の時と比べて、参賀の人が多く、小さなバッグを持っていただけでも、ボディーチェックに時間がかかりました。

Img_2930  皇族の方々のお出ましは11時50分でした。

 もうアイドル並に人が殺到しており、天皇誕生日の時と比べて、参賀の人々が殺気だっており、下手したらケンカになる場面もありました。

Img_2944

 お出ましが終わると、本来の目的・・・じゃなくて、皇居=江戸城内の櫓を見学しにゆきます。

 すでに昨年の新年参賀のレポートもしておりますので、詳しくはそちらをご覧くださいませ。

 写真は言わずと知れた富士見櫓です。

 もう、この格好よさに惚れ惚れしますhappy01

Img_2957  最後に、本当に1月2日の新年一般参賀の時にしか見学できない、つまりは天皇誕生日の参賀の日には見学できない、富士見多聞櫓を見学しました。

 しかし・・・天皇誕生日にしろ、新年一般参賀にしろ、ホントに雲ひとつない天気です。

 まさに城郭撮影日和・・・じゃなくて、天皇陛下の御威津でございます、ハイ。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年1月 1日 (金曜日)

城めぐり17 関宿城(Sekiyado Castle)

Img_2824  2010年の城めぐりのスタートは、いきなり1月1日(金)に登城した千葉県は野田市の関宿城です。

 

 普通、お城は年末年始はお休みなんですが、関宿城は1月1日から3日まで関宿城博物館が開いているとのネット情報でした。

 元日早々の気合いの入り具合にオイラも元日早々に登城してまいりました。

 

 関宿城までのアクセスは東武伊勢崎線の東武動物公園駅からバスにて30分、新町バス停で下車。運賃は470円です。その新町バス停から10分位歩きました。 アクセス悪っ!

 

 で、いきなりトップの写真はその新町バス停で見つけたマンホールのフタです。結構、お城のある町には、城のデザインのマンホールのフタが多いので、注意が必要です。

Img_2863  関宿城は手持ちの資料によりますと・・・1457年、古河公方足利成氏の家臣・簗田成助(やなだしげすけ)の築城と伝えられています。

 1574年以降、後北条氏の持ち城となり、徳川家康の関東入封後は家康の異父弟・松平康元が入場したとのことです。

 江戸時代には多くの譜代大名が城主として交代し、1705年に久世氏が8代続いて明治維新に至ったのことです。

 

 現在は県立関宿城博物館となっており、内部は鉄筋コンクリートの展示館となっています。

 展示の内容は戦国時代関係というより、利根川と江戸川の分岐点に建つ関宿地域の治水に関する展示が多かったです。

 入場料は大人200円でした。

Img_2875 関宿城の天守閣は江戸城の富士見三重櫓と真似て建てられたとの記録があることから、再建する際も、富士見三重櫓と同じように建てたようです。

 数ある三重櫓の中で、美しい富士見三重櫓を真似ているくらいですから、形状としてはバッチリなんですが・・・。

Img_2525

 比較出来るように、画像を掲載しました。

 こちらが翌1月2日に正月一般参賀で撮影した、皇居=江戸城内の富士見三重櫓です。

 やはり本物の方が風格があるというか、屋根の色が濃いグレーなのでメリハリがついていますし、白漆喰壁も風雨にさらされた重みというのがありますな。

Img_2854 関宿城博物館の中にあった関宿城のジオラマです。

 江戸川と利根川の分岐点にあり、この2つの川を天然の水濠にしているとの説明でしたが、縄張りを見る限り、そんなに複雑なものではなさそうです。

 なんか水攻めに遭いそうです(泣)

 天守4階は展望室になっています。

Img_2850 利根川と江戸川も眺めることが出来、また遠く富士山も眺めることができました。

Img_2916  で、関宿城を見学して初めて気がついたのですが・・・。

 現在の関宿城より川沿いに南に数百メートル行った所に、ホントの関宿城の跡地がありました。

 土手の内側にひっそりと空き地がありました。

 言われなきゃ気がつきません。

 

 帰りもバスでした。本数が少ないので、公共交通機関を利用する際は注意してくださいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »