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2010年1月25日 (月曜日)

竹田城(Takeda Castle)

Img_3780_4 最近、NIFTYのニコットタウンに夢中で、本家本元のブログの更新が遅れております。

 しかも、ニコットタウンの仲間たちに、『天空の城、竹田城に行くんだ!!』と騒ぎまくった割に、そのレポートのアップが遅れています。

 

 本来なら、日本百名城スタンプラリーの登城日記は登城した順番に書くのが筋。

 が、そんなことを言っていたら、いつまでたっても竹田城の出番は来ないので、本日、レポートのアップと相成りました。

 

 で、上の写真ですが、2010年1月10日(日)の朝に撮影した竹田城です。

 JR播但線の竹田駅を挟んだ立雲峡から撮影したものです。

 

 竹田城といえば、晩秋の早朝、雲海に浮かぶ光景が有名なのですが、オイラが登城した日の兵庫県北部は曇り時々雨で、雲が竹田城の向こうから、どんどん湧いてくるといった湧いてくる状況でした。

Img059_3 オイラの撮影した写真では、竹田城の魅力が伝わりませんので、プロのカメラマンが撮影した写真を掲載します。

 竹田城『天空の城』とか『日本のマチュピチュ』といわれるのが分かるでしょ?

 幻想的な光景に、思わず息を飲みます。

Img_2949 竹田城に登ります。

 相当キツイ山道で、350メートル余りの山頂まで、30~40分かかります。

 写真は三の丸から二の丸と本丸を望んだ写真です。  

Img_3873  竹田城の本丸・天守台になります。

 ここで簡単に竹田城のウンチクを。

 竹田城は1443年、但馬の守護・山名持豊が、播磨の赤松氏に対する拠点として、家臣の太田垣氏に築城させたのが、始まりです。

 太田垣氏は中国地方の戦国大名、毛利氏に属したものの、1577年、豊臣秀吉の弟、羽柴秀長により竹田城は落城。

 その後、太田垣氏が復帰するも、1585年に赤松広秀が入封。1600年の関ヶ原の戦いで赤松広秀が西軍に属したため、竹田城は廃城となったそうです。

Img_3886 本丸から東の方面を眺めます。

 写真の左下隅あたりがJR竹田駅になります。

 竹田城に登城する前に登った立雲峡は写真の中央からちょっと右寄りの山になります。

 つまり立雲峡と竹田城を両方登るということは、これだけの距離を進まなくてはならないということです。

 オイラは駅から立雲峡まで片道2キロ・40分、駅から竹田城まで登山30分・・・でした。我ながらムチャをするなあと思っています。

Img_3890

 上の写真は竹田城の本丸から南千畳を眺めたものです。

 竹田城の代表的な撮影アングルですな。

 下界との対比が面白いです。

 

Img_3918 南千畳に降ります。

 写真の場所に櫓門が建っていたようですが、そこに積まれている石垣石の大きさに驚きです。

 オイラの身長が174㎝ですので、その大きさが分かろうというものです。

Img_3921 南千畳から本丸方向を眺めます。

 竹田城には建築物は残っておりませんが、山の上の石垣群にただただ圧倒されるばかりです。

 標高350メートルとは言え、石垣石をここまで運び上げるとは、当時の人々に脱帽です。

 

 純粋に竹田城の見学は10時11分から11時22分までの1時間強でした。(山の昇り降りの時間は除いています。)

 巨大城郭ではないですが、短時間で満足の得られるお城でしょう。

 この後、オイラは福知山城に向かったのでした。

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コメント

こんばんは^^
すごいですね~shine
日本にこんな素敵なとこがあるとは・・・
ついでに(笑)セイリュウさんの姿も拝むことが出来て( *´pq`)クスッ昔のブログ読ませてもらって~ラッキーでしたheart
また少しずつ読ませてもらいます(●^o^●)

投稿: りんご | 2012年10月 5日 (金曜日) 21時52分

りんごさん

竹田城は建物が無くても、その美しさから大人気の城郭です。

自分も雪の残った竹田城でウン時間歩き回った経験があっても再登城したいなと思っております。

投稿: Seiryu | 2012年10月10日 (水曜日) 21時21分

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