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2008年11月の8件の記事

2008年11月18日 (火曜日)

和歌山城 (Wakayama Castle)

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 2008年9月22日の月曜日。
 オイラの関西遠征の3番目の城郭は和歌山城でした。

 和歌山城は今さら言うまでもなく、御三家の紀州徳川家の居城です。

 和歌山城のある和歌山市は大阪府の南端に隣接しており、大阪から南海電車で1時間半位と思いのほか近かったです。

 

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 和歌山城に登城するのは平日に限ります。

 というのは虎伏山に建つ和歌山城と同じ高さで眺めることができるのが、和歌山市役所の14階の食堂または写真のロビーなのです。

 もちろん無料です。

 

 和歌山城を眺めながら仕事ができて、食事もとれるなんて羨ましいのですが、当の和歌山市職員に聞いたところ、当り前の光景だそうです、ハイ。

 

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 例によって、いきなり天守閣に登らずに、和歌山城の回りをぐるりと回ります。

 写真は徳川頼宣公以来の大手門・一の橋です。

 大坂城や江戸城の大手門と比べて小ぶりな高麗門です。

 

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 この朱塗りの門が追廻門です。当時ものです。

 かつて、騎射の訓練のための追い廻し馬場が近くにあったから、追廻門というそうです。

 

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 さらに和歌山城の周りを歩いていきます。

 和歌山城で最高の石垣で、高さ23メートルの高石垣です。

 ちょうど上手い具合におじさんが石垣の下を通ってくれたので、パチッと写しました。

 

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 最後に和歌山城の数ある門の中でのクライマックス、重要文化財の岡口門です。

 もちろん当時から残っている貴重なものです。

 岡口門は紀州徳川家以前に紀州を治めていた浅野幸長公が大手門として建てたものですが、紀州徳川家以降は搦手門となりました。

 今ではこじんまりとし門ですが本来は両端に櫓が続いていたとか・・・。

 

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 虎伏山を登り、和歌山城の天守閣に入ります。

 三層の天守閣なので少々小振りですが、見事なものです。

 中は鉄筋コンクリート造りで、他の城郭の例にもれず、鎧兜や刀や和歌山城の模型などの展示がありました。

 

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 天守閣から大阪湾方面を望みます。

 淡路島や紀ノ川が見える景色はなかなかのものです。

 ちなみに写真下半分の和歌山城小天守の2階には登ることができますが、とくに何かあるわけではない狭い空間でした。

 小天守同士を結ぶ回廊を歩いて行けます。例の如く日本全国の天守閣の写真が飾られていました。

 

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 天守閣から降ります。

 オイラは遠征による歩きづめで遂に右ヒザが悲鳴をあげました。そのため思うように歩くことができず写真も少なめです。

 写真は手前が西の丸庭園(紅葉渓庭園)の鳶魚閣で、奥に見えるのが二の丸と西の丸を結ぶ御橋廊下です。

 御橋廊下は将軍と側近が通った橋なのです。オイラも渡ってきました。

 

 早足ながら約4時間をかけて和歌山城に登城しましたが、昔ながらの遺構も多く、迫力もあったので、今度は足を鍛えてもう一度登城したいと思いました、ハイ。

 

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2008年11月16日 (日曜日)

八王子城に登城しました!

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 『アカツキの会』の翌日、オイラは八王子城に途上しました。

 

 オイラの自宅からせいぜい1時間半で八王子城管理棟に着くので、結構近い城跡なのだ。

 

 管理棟では登山装備をしたオジさん達が熊が出たとかイノシシが出たとか言うもんだから、少々ビビリましたが・・・。

 もっとも夏はヤブ蚊やマムシがでるようだし、落城悲話のある城だけに霊も出るそうで・・・。

 

 詳しい登城報告は後日レポートするとして、石垣で再現された虎口や木造の曳橋、頂上の本丸近くからの眺めや紅葉など、ちょっとしたハイキングコースとして十分楽しめました。

 

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 八王子城の本丸(標高500メートル位)まで登る途中で、自分で握ったおにぎりを食べていたのですが、その時に出会ったおじ様に驚きました。

 

 出張のついでに登城したそうですが、写真の通り、スーツ姿に革靴です。スゴイ!

 しかも、来年?には年金生活に入るとのこと。さらにスゴイ!

 過去に登城した城の数は300城以上、たかだか40城程度のオイラとは比べモノになりません。ホントにスゴイ!

 

 上には上がいるもんです。

 オイラも頑張って城めぐりをしていこうと決意をあらたにしました!

 

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2008年度の『なかよしぐみ』総会

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 ひさびさにオイラの勤務先の同期同士、『なかよしぐみ』(仮称)の2008年度の総会が行われました。

 

 総会といっても、オイラの家で何かしらを食べるだけなんですが・・・。

 

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 で、前々回あたりの総会で、オイラが仕事を休んでまで仕込んだ『キムチ鍋』を再現することに決定!

 前回のレシピを参考にキムチ鍋を作ることになりました。

 

 実は・・・そのレシピだけでは前々回の究極?のキムチ鍋にはならなかったのです。

 ちなみに上の写真は化ける前のキムチ鍋です。

 

 もったいぶらずにレシピを書きます。

 1:白菜は4分の1をカットしたものをザク切りにします。また『北海道で一番売れているスーパーキムチ』を1パック白菜の代わりに使います。

 2:『北海道で一番売れているスーパーキムチ』をフライパンでごま油大さじ1杯でいためます。これによりキムチの味が濃厚になるようです。

 3:豚肉(400グラム)も一度ゴマ油大さじ1杯と生姜(今回はちゃんと生姜をおろし金でおろしたものを使用)炒めてから、鍋からいったん取り出します。(その炒め汁も鍋に利用します。)

 4:煮汁は桃屋の味噌キムチの素+煮干し(適量)+鶏がらスープを使用する。
 煮干しとキムチの組合せは栄養と味の相乗効果が抜群らしい。煮干しは鍋に入れたまま取り出しませんでした。煮立ったらしょうゆと砂糖を小さじ1杯入れる。

 5:具材は豚肉・キムチ・長ネギ・白菜・大根・しめじ・ニラ・木綿豆腐でした。

 6:各自の好みに合わせて、『きざみ万能ねぎ』と『白ゴマ』と『コチュジャン』の3つを薬味として一緒に食べます。

 しかし・・・6番までだと、どうも旨味が少ない。

 で、7:キムチ鍋に豆板醤とコチュジャンを入れます。これで一気に辛味と旨味が増しました! いや、ホントに汁にトロ味もでてきて、おいしかったですよ。

 

 まったく関係ないが、『なかよしぐみ』も『アカツキの会』と正式名称が決まり、また2008年6月に名古屋旅行をする為に、毎月3000円を積み立てることで決まり、充実した総会だったのでした。

 行くだぎゃ~名古屋~!

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2008年11月13日 (木曜日)

日本100名城の全国版のスタンプをゲット!

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 先日、とある100名城に電話をしてから、スタンプ帳を郵送してくれるようにお願いしたら、今日、オイラの家のポストに入っていましたよ。

 

 どうやらスタンプ帳の重量があったようで、オイラが封筒に貼っていた切手だけでは不足だったのだけど、ご丁寧に不足分の切手が貼ってありました。

 どうもすみませんでした・・・。不足分の切手は必ずお返しします。

 

 しかも、その城郭のスタンプが白紙に4つも押してありました。予想外のことで驚きました。

 まあ、オイラは自分で登城して押印するつもりだけど、すごく丁寧な対応でうれしかったです、ホント。

 

 で、その丁寧な対応をしてくれた100名城は・・・やっぱり日本の城郭の中で5本の指に入る巨大な城でした。

 オイラも3年前に登城したことがありますが、再度、お礼参りも兼ねて登城するつもりだぎゃ~。

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うるさいよ、不動産業

 今日、自宅でゆっくりと肉まんを温めつつ、テレビを見ようとしたら、電話がかかってきた。

 

 不動産屋だった・・・東急グループ系の不動産屋だった。

 

 『不動産を売る話ではないですよ~。』と言うものだから、こちらも話は聞いてやろうと思っていた。

 具体的に何の話?と聞いたら『家の話』と実に抽象的な回答だったので、『あー、家には興味無いんで、お互い時間が勿体ないから、電話を切りますよ~。』と答えたんだよね。

 そうしたら、『私も話をしないで、断られるのは嫌なので、5分で終わるから聞いて欲しい』と言ってきた。

 

 おう。 じゃあ5分間だけ、聞こうじゃないか~と言ったら、『あの~、断ること前提で聞こうとしていません?』と言ってきたわけですよ。

 そりゃ、オイラは肉まんがお預け状態になっている訳だから、サッサと切り上げたい訳ですよ。

 『こっちは食事を邪魔されてんだし、興味なんかねえよ。あんたが聞いて欲しいっていうから、時間を割いてやってんだよ。何でお前がオイラの断るか否かの判断まで指示されなきゃならねえんだよ』と返してやった。

 とオイラが喋っているにも関わらず、話も聞かずに、もうお互いに言いたい放題に、半ば口喧嘩状態になったので、電話を切ってやった。

 

 電話を切っても、再度かけてきたので、しばらく電話線を外してやった。

 まったく何なんだよ、東急不動産は!

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2008年11月10日 (月曜日)

お城に手紙をだします

 現在、オイラが夢中になっている『日本百名城スタンプラリー』。

 関東・甲信越の100名城も残り6つとなりました。

 

 そろそろ東海地方の100名城の攻略に進むことを考えたりしています。

 

 購入したガイドブックに全国版のスタンプ帳が付いていたので、オイラはそれを使っているのですが、実は各100名城にて無料で全国版のスタンプ帳が配布されているとのこと。

 

 しかも・・・オイラが持っている全国版のスタンプ帳よりも豪華!・・・らしい。

 

 さらに! 『北海道・東北版』、『関東・甲信越版』、『東海・北陸版』、『近畿版』、『中国・四国版』、『九州・沖縄版』のスタンプ帳もあるんですよね。

 まあ、『関東・甲信越版』と『近畿版』は登城した際にゲットしていたんだけどね。

 

 オイラはかなりの完璧主義者&欲張りなので、本日、東北地方と東海地方と九州地方のとある100名城に電話をして、スタンプ帳を取り寄せることにしましたよ、ハイ。

 

 すべての100名城が快諾してくれました! この場を借りてお礼申し上げます。

 

 で、返送用封筒に切手を貼って、100名城にお手紙を出すことになりました。

 お城に手紙なんて、ちょっとメルヘンチックですね・・・といっても管理事務所宛なんだけどね。

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2008年11月 8日 (土曜日)

大坂城 (Osaka Castle)

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 城めぐりの報告日記ですが、ほぼ毎週のように城めぐりしており、ブログに掲載するのが間に合わない状態です。

 2008年9月21日に大坂城を訪問しました。
 なんと10年と1ケ月ぶりですが、そのときは天守閣に登っただけだったので、今回は気合を入れて登城しました。

 写真は大坂城の天守閣です。現在の大坂城の天守閣は豊臣秀吉による1代目、江戸幕府による2代目に続く、3代目です。

 

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 今回は大阪市営地下鉄の『谷町四丁目駅』から攻略しました。NHKの近くでした。

 写真は大坂城の南外濠です。左側に見える櫓は六番櫓です。六番ということは一番櫓から五番櫓まで存在した訳で、七番櫓まであったそうです。

 大坂城の巨大城郭ぶりを実感する眺めでした。

 江戸城と比べて濠の幅も広く、しかも石垣も高い。

 400年前の大坂の陣で、徳川方は大坂城の南側、つまり上の写真の右手側から攻めたとのことでしたが、オイラは『無理、絶対に無理!』と思いました。

 

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  南外濠から玉造口から大坂城の本丸に向かっていきましたが、まだ天守閣へは入りません。

 天守閣へ登るのは最後の楽しみです。

 写真は大阪城の内堀から見た本丸の石垣です。石垣の端っこに人がいるのがわかりますか?

 あまりの大きさにシャッターを切りました。

 

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 再度、大坂城の外へ出ます。写真は青屋門です。

 大阪城ホールから近い所にあります。

 

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 大坂城の北外濠を歩いて行くと京橋口に着きます。京都へ続く『京橋』があったから京橋口・・・わかりやすい。

 戦災により櫓門は焼失してしまいましたが石造りの立派な出入り口でした。

 写真は加藤清正が運んできたと云われている『肥後石』だそうです。

 

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 京橋口を出て、大坂城の西外濠にさしかかると、大坂城天守閣の北西にある乾櫓が見えてきます。

 ちょっと珍しい形の櫓でしたので、シャッターを切りました。

 

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 西外濠を南に歩いて行くと、ようやく外堀を一周することになります。

 写真は左側が千貫櫓、右側が大手門の多聞櫓になります。

 オイラはスタート地点の大坂城南外濠の六番櫓から、ここ千貫櫓まで1時間30分かけて歩いていたようです。デカイです!

 

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 ようやく大手門から入城します。

 写真は大手門の多聞櫓です。とにかくデカイです。

 知っている人には常識ですが、左へ曲がりながら門をくぐるようになっているのは、敵に侵入されたときに、敵の死角から攻撃ができるようにするためだそうです。

 

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  いよいよ本丸に入ります。

 写真は桜門といいいます。門をくぐり右手に桜が立っていることに由来します。

 

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 いよいよ大坂城天守閣とご対面です。

 豊臣秀吉が築いた天守閣は真っ黒だったそうで、2代目の江戸幕府が築いた天守閣は白だったようです。

 で、昭和に築かれた三代目の天守閣は初代と2代目の折衷型のようです。

 最上階の黒壁と金の装飾に秀吉時代の大坂城をしのばせますが、その他は江戸時代のものをイメージしてしまいます。

 豊臣時代の大坂城に建て直すという話もあるとかないとか・・・。

 

 天守閣の中は鉄筋コンクリートでエレベータもあります。

 8階建で、各階に豊臣秀吉の生涯や大坂の陣の展示があります。

 これらを全部真剣に見るだけで2時間はかかりそうです。

 オイラのお気に入りは豊臣時代の大坂城と徳川時代の大坂城のジオラマ模型でした。両者の違いがハッキリとわかるうえに、その迫力に『大坂城ってホントに巨大な要塞』と納得します。

 それと大坂夏の陣図屏風は必見です。豊臣方と徳川方の戦いは勇ましいですが、戦争の犠牲となった市民の悲惨な姿は、この図屏風が『元和のゲルニカ』といわれる所以です。

 

 と、絶賛しておきながら、写真がないのは大坂城天守閣内は撮影禁止なのです。でも実際に大坂城まで足を運ぶだけの価値はある!と断言できます、ハイ。

 

 

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2008年11月 6日 (木曜日)

栃木と群馬と長野にいっていました・・・

 10月25日に栃木県は足利市、群馬県は太田市に行っておりました。

 

 もちろん、日本百名城スタンプラリーのスタンプが目的です。

 もう足利尊氏やら新田義貞の雰囲気・気分でいっぱいでした。

 

 

 そして11月の連休は長野県は小諸、上田、松代、長野、松本に行っておりました。

 もう山本勘助やら真田幸村やら武田信玄やら上杉謙信やら、何が何だかわからない状況でした。

 

 

 本来ならブログで登城報告をするところですが、9月下旬に行った関西旅行の報告すら出来ていない始末・・・。

 がんばってレポートするぞ!

 

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