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2008年2月の15件の記事

2008年2月28日 (木曜日)

心が削られます・・・

 先日,オイラは強権を発動した。預金全額をガッチリと差し押さえることになったのである。

 理由はもちろん『相手が債務の弁済に応じなかった』の一言に尽きる。

 電話でも伝えたし,文書でも伝えた。やることはやったと思っている。

 

 が,なんともやるせない。

 というのは,債務者はオイラの親くらいの年齢の爺さんだったからだ。

 今までまったく連絡をくれなかった爺さんは,すぐさまオイラの職場に現れた。

 

 それなりに話がわかる爺さんだった。

 感情的にもならず,こちらの立場も分かってくれていた。

 

 しかし残念ながら,その申し開きを何故もっと早く言ってくれなかったのか?

 オイラはそのチャンスをハッキリと分かるかたちで伝えたのに・・・。

 

 いや,『伝えた』だけでなく,実際面会した場においても最後の最後のチャンスを提示した。

 『このようにしてくれたら,再考慮する』って。

 

 でも,伝わらなかった。 決して爺さんに出来ないことを提示したのではない。 ちょっと本気になればできることだったのだが・・・。

 残念の一言に尽きる。

 

 オイラに全財産をとられた爺さんは,これからどう生きていくのだろうと思う。

 爺さんの自業自得なのは十分に分かっているが,感情としてはやりきれない。

 『手元に少しでもお金が残っていればいいなあ』とか『誰か助けてあげる人がいないかなあ』とか『今頃,空腹なんだろうなあ』とか『寒い想いをしているんだろうなあ』とか,ふと思い出す。

 

 だから爺さんのつらさを少しでも体験するために,オイラは今,暖房なしで過ごしている。夕食の食器や茶碗も冷水で洗った。

 マジで水は冷たいし,部屋の中は寒い・・・・。

 

 それでも爺さんのつらさや大変さに比べたら,1%にも満たないつらさなんだろうが,今のオイラにはこんな事しかできない。

 爺さんがもっとイヤな奴であれば,こちらも引きずらないで済むのだが,なまじ大人しいだけに,こちらの精神面でのダメージもボディーブローの様に効いてくる。

 本当に因果な商売である。

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2008年2月26日 (火曜日)

ここのところ

 だんだんと暖かくなりました。

 毎日(でもなく,サボる日もあるけど),英語を聞いて,プラモを作って寝るという生活をしています。

 暖かくなったので,スプレー塗装もできてうれしいですね。

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2008年2月25日 (月曜日)

未知の領域

 英語の勉強は今日で第24課にたどり着きました。

 未知の領域です。初めて聞くフレーズです。

 コツコツとやるしかないのう。

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2008年2月19日 (火曜日)

言葉のちから

 今日,女性を泣かしてしまいました。

 と書くと誤解を招くかな。仕事上の話で,泣かしたのも悲しい思いをさせたからではないです。

 

 オイラが仕事を進めていた中で,結構大口の案件がありました。

 オイラは『これは強硬手段に出なくては・・・』と思っていたのですが,調査をして資料を集めていく段階で,『これは仕方ないよなあ』と思ってきた案件だったのです。

 

 一度,その案件の彼女と連絡がとれた時があって,一度どのように生活をしているのか資料を提出してもらったのです。

 彼女はマジメな人で,資料はちゃんと提出するし,資料の文章もちゃんと書くし,しかもその提出が遅れそうだと,ちゃんと前もって連絡してくる人だった。

 

 て,今日その資料を整理して,さらに読み込んでみて思った。

 『ホント,無理だよ,コレ』

 

 オイラは資料の裏づけが弱い点を補強すべく彼女に電話してみました。

 いろんな経緯を聞いてみましたが,短くはない人生の中で,ずいぶんと苦労を重ねてきた人だなあと改めて思いましたし,『超』がつくほどにマジメな人だと思いました。

 

 で,オイラは仕事とは無関係な話ではあるけど,

 『あなたはマジメすぎるくらいに頑張っているし,もうそれは十分に伝わっているから,そして,どう考えても無理な状態なんだから,あとはオイラに任せてくださいよ。』

 と語ったところ,電話の向こうで『涙が出てきました』との言葉でした。

 

 おそらく彼女は苦労の環境の中でも,マジメに他人に迷惑をかけたくないと思っているに違いないけど,その孤独で苦労だらけの境遇をオイラという他人というか債権者に少しでも理解してもらって,共感する言葉をかけられたことで心に響くものがあったのかなと思いました。

 

 

 ことばってすごいと思う。

 昨今,人を傷つけることばが氾濫しているけど,ことばひとつで人を元気付けたり,感動させたりすることもできる。

 

 できることなら,人を元気付ける言葉をかけられる自分になりたいなと思います。

 

 あ,そうそう。できることなら,その彼女に実際会ってみたい気がしますね。

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2008年2月17日 (日曜日)

英語の勉強

 今日も英会話の勉強ですが,第18課です。

 一日も欠かさず勉強していれば,明日で第30課で終了なのですが,本日で11日分の遅れです。

 つまりは進行率約66%位とゆうことですか・・・。

 とにかく頑張ります。

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2008年2月16日 (土曜日)

困った職場

 研修後の同僚とのお茶で,さらにわが社の困った職場の話。

 

 本来の仕事以外にも,雑多な仕事がある。

 職場の飲み会の幹事とか,労働組合の委員とか,どうでも良いような調査の回答つくりとか・・・。

 あれって年齢や職歴に関係なく,1年~2年で輪番制にすべきだと思うのだけど,これもただ年ととっているからやらないという,困ったエライ人がいる。

  結果,何も文句を言うことのできない新人が,何個も雑多な仕事を押し付けられて,本業がまったく進まないという事態が生じてくる。

 で,年をくったエライ人は,その分,本業を頑張っているのかと思うと,定時にはシッカリと帰っている。

 

 困った,本当に困った・・・というより,そんなひどい職場があるのか?と思ったら,本当にあるらしい。

 オイラの会社のとある部署。新人が5年以上も幹事をやっているとか,まさにむちゃくちゃである。

 

 先日,わが社の接遇レベルを覆面調査をした結果が回覧で回ってきた。

 オイラの部署はそこそこ上位だったのだが,例の部署はブッチギリでワースト3に入っていた。

 

 たしか前回もワースト3だったんじゃないか,そこの職場は・・・。

 ダメな部署は接遇も仕事の割り振りもダメということを,調査結果のエクセルのグラフが証明していたのである。

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何故か威張る人

 昨日,研修の帰りに職場の同僚とお茶をして,色々と話しました。

 そこで語られた茶道の話がちょっと印象に残っています。

 

 茶道で抹茶をすくうスプーンというかサジの様なものがあって,その持ち方が流派によって決まっているみたいです。

 で,私の同僚が『教えてもらっているやり方より,この持ち方の方が合理的かも』と思って,師匠サマに見せたところ,師匠サマが怒り出したらしい。

 

 『作法を習っている分際で,流派の作法にあれこれいうものではありません! あなたは破門になっても文句は言えませんよ!』 との事。

 

 オイラにとってベスト10に入る嫌いなタイプだよ,この師匠サマは・・・。何様だアンタは。

 もちろん,その流派の門を叩いた以上,教えられたことをまずは文句を言わずに実践するのが,生徒や弟子のすべきことではある。

 

 今回,この話を細かいところまで聞いたわけではないから,何ともいえません。が,オイラが師匠サマだったら,次のように言うかなあ。

 

 『こういった訳で合理的で,見た目も美しいから,あなたの言っていることは間違っているのよ』 とか 『そこまで言うなら,あなたのやり方でやってみたら~。』

 

 何だか非合理的で訳のわからない根拠で,偉そうにしている人はキライです。

 周りに結構いますよね。 根拠のない理由で偉そうにしている人。

 仕事はまったくしない&できないくせに威張る上司とか,旧来&新興宗教の教祖サマとか・・・。

 オイラも昔,茶道の本をちょっと読んで,お茶の飲み方とかふすまの開け閉めとか座り方とかが,確かに美しいなあとは思っていたので,茶道の存在意義を認めていたのだけど,やっぱりオイラは喉がカラカラに渇いたときに,作法も関係なくゴクゴクと飲むペットボトルのお茶の方がいいな。

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2008年2月14日 (木曜日)

駿府城(Sunpu Castle)

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 オイラの静岡旅行のラストは駿府城です。

 昔は東海の大名,今川氏の居城でしたが,天下統一を果たした徳川家康が大御所として天下普請で築きあげた城です。

 結構大きいよ。イメージ的には皇居みたいな感じと勝手に思っていますが・・・。

 

 

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 駿府城は2回にわたり火災に遭ったので,現在残っている建物は再建されたもののようです。

 上の写真が巽櫓で,この写真が東御門です。

 建物の中に入って,展示物がたくさんあるので,楽しめます。ぜひ入るべし。

 

 

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 天守閣の復元模型です。

 天下人の家康の居城なのだから,もし現存していたら大阪城や名古屋城並みの大きさだったのかしら。

 再建すればいいのになあ。

  

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 駿府城の天守閣があった当時の再現模型ですな。

 結構見ごたえがある。

 

 

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 駿府城公園には紅葉山庭園という庭がある。

 巽櫓&東御門とセットで数百円で入場できるので,ぜひ見るべし。

 私が訪れたときは紅梅白梅の季節でした。

 錦鯉も泳いでいました。

 

 

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 天守閣の跡地には徳川家康の銅像がある。

 思い返せば今回の静岡旅行は家康公とは切り離せないものでしたなあ。

 

 

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 帰りは静岡から新幹線にて。

 雲がかかっていましたが,富士山が見えました。

 

 2泊3日の旅でしたが,4つの城を見ることができて,非常に充実しておりました。満足です。

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2008年2月13日 (水曜日)

掛川城(Kakegawa Castle)

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 2月9日の午後は小山城から掛川城へ向かいました。

 この日の日本列島は雪が降っていたようでしたが,静岡県は雨ですみました。

 

 豊臣秀吉が天下を統一した後,徳川家康を領国の三河・遠江・駿河・甲斐・信濃から関東へ追い出しました。

 仮想敵となる家康を関東に封じ込めるために秀吉は配下の山内一豊を東海道に存在する掛川城に配置したとのこと。

 山内一豊は掛川城の天守閣を建造し,城下町を整備したため,掛川城とは切っても切れない縁のようです。

 事実,平成18年のNHK大河ドラマの『功名が辻』が放映された当時,山内一豊ゆかりの地として,大勢の人が掛川に訪れたとか。

 その2年後,オイラが訪れた掛川は雨のせいもあったのか,新幹線の駅があるわりには少々さみしい感じがしました。

 

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 掛川城は平成5年あたりに掛川市民の寄付により,建てられた城とのこと。

 再建された城は鉄筋コンクリート造りが多いのですが,掛川城は何とオール木造なのです。

 ほんのりと木の香りがしましたよ。

 掛川のシンボルとして,この城を作り上げた掛川市民は,この城を誇ってよいと思います。

 もっともみやげ屋のおばちゃんは『たくさん巻き上げられた』と嘆いていましたが・・・。

 

 

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 掛川城の下には領主が政務を行っていた建物がありました。

 江戸時代から存在するものだそうです。

 中を見せてもらいましたが,畳の部屋がたくさんありました。

 

 

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 夕方に遅い昼食をとりました。

 掛川城を出るとちょっとはずれに再建された大手門がありました。

 結構堂々として気に入りました。

 この大手門のそばに『すいのや』という駄菓子屋さんがあるのですが,その店内におでんを煮込んである鍋があります。

 1本80円と40円のお好みの具を注文して,店内のテーブルでいただきました。

 静岡おでんは鰹節の粉をかけて食べるのですね。それとお皿に盛り付けるので,おつゆはないんですけど,具が十分に煮込んであるので温まります。

 しかし,問題はだな,駄菓子屋さんという子供向けの店の中に,真昼間から(夕方でしたが)イイ年をしたオッサンやオバチャンが,おでんとビールをテーブルに広げて,くだを巻いているのはどうかなあと思いました。

 

 まあ,とにかく掛川城はオイラの中ではかなりポイントが高いです。

 市民の力で建てたオール木造の城,素晴らしいです。 市民の財産として誇っていいです。 

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2008年2月12日 (火曜日)

城めぐり5 小山城(Koyama Castle)

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 静岡遠征の2日目は静岡県の吉田町にある小山城(こやまじょう)に行きました。

 他にも小山城という城はあるようで,この城は区別するために遠州小山城とも呼ぶみたいです。

 場所はちょっと電車の駅から遠くて,オイラはJR藤枝駅からバスで20分くらいかけて行きました。

 このJR藤枝駅から出ているバスが1時間に1本しか出ていなくて,オイラは藤枝駅で30分待ちました。

 吉田高校前バス停下車で480円でした。

 吉田高校バス停を下車すると,目の前に正明堂というパン屋さんというか小さい商店があります。そこのおばさんがとても親切で,小山城までの道を教えてくれました。(といっても,くるりと見渡せば小山の上に小山城がみえるんだけどね。)

  

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 小山城は今川氏が弱体した後,駿河の国を武田と徳川が奪い合った舞台となった地に建てられた城ですが,実際のところ天守閣は存在した事実はないとのこと。

 オイラとしてはウソでもいいので吉田町が観光の名所として天守閣を建てたことについては歓迎したいけどね。

 写真は小山城の天守閣から眺めた景色です。

 三日月堀丸馬出が特筆ものとの事です。

 そうそう,この写真の逆の方向には駿河湾が遠くみえますよ。

  

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 天守閣と堀以外に見るべきものは大手門かな。

 

 

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 オイラが訪れたときは梅の季節でした。

 紅梅と白梅がきれいでしたよ。

 

 天守閣の中は3階建てだったかな。展示物はそこそこ見られる感じかな。

 帰り道はJR島田駅行きのバスに乗りました。帰りのバスは行き先は違えどもJRの駅に向かうバスが1時間に数本はあるので,行きよりも気分はラクでしたね。

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2008年2月11日 (月曜日)

城めぐり4 浜松城(Hamamatsu Castle)

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 2008年2月8日~10日の3日間,静岡旅行に行ってまいりました。

 まず1日目は浜松城です。

 浜松城はJR浜松駅北口のバスロータリーから浜松市役所を経由するバスにのって,10分弱,120円で行くことができます。

 道順を知っているなら男らしく歩いていける距離ですが,初めての人や女性にはツライ距離かも・・・。

 浜松城徳川家康の城として有名ですが,実際に見てみると小さいお城でした。

 確か3階建てだったと思いますが,家康の城だっただけに展示物のネタには事欠かなく,大きくはない城の割に結構楽しませてもらいました。

 

 

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 浜松城の石垣は結構荒々しい石の積み方=野面積み、をしていました。昔からのものだそうです。こういうのは大切にしないとね。

 

 

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 これが若き日の徳川家康三方ケ原の戦い武田信玄に惨敗して逃げ帰った際に鎧を掛けた松です。浜松市役所のバス停の真向かいにありましたよ。

 もちろん当時の松ではなく,そのDNAを持っている子孫の松だそうだけど。

 

 

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 浜松城の天守閣から東南の方向。一番高いビルが浜松駅そばのアクトシティというビルです。

 手前のグレーの四角い建物が浜松市役所。

 浜松城を見ながら仕事ができるなんてうらやましい。

 

 

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 浜松城の天守閣から北を望む。

 手前の緑地が浜松城公園

 向こうが三方ケ原の戦いの戦場だった三方ケ原だそうです。

 

 歴史や小説で聞く戦いの舞台を目にできるなんて,旅の醍醐味です。

 

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 オイラの母によれば,母の先祖は徳川家康の家来の成瀬一族という。

 初代犬山城主の成瀬正成のおじさんにあたるのが,成瀬正義だそうだ。

 

 三方ケ原の戦いで敗走する徳川家康の身代わりになって,徳川家康の鎧を着て死んだ家来がいたと,子供の頃読んだ本に書いてあったけど,そのうちの一人が成瀬正義だったらしい。

 

 せっかくなので葬られている宗源院に行ってみた。浜松城からさらに西に30分くらい歩いた気がします。

 

 

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 いや普通のお墓だったんですけど,ちょっと目頭が熱くなりました。

 

 

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 宗源院からの帰り道,スズメが電柱にたくさん止まっていた。

 最近,東京ではあまり見ない光景だったので写真に収めておきました。

 この近辺は住宅用地を最近造成したのか,新しい家が多かったです。

 静かな街でしたね。

 

 浜松に行って感じたことは,とてもきれいな都市だということ。

 最近,開発したからきれいだという感もあるが,それでも好感が持てる街づくりは意識しないとできないなという感想を持ちました。

 浜松城をはじめとする徳川家康にまつわるさまざまな名所を散歩道として紹介するなど,観光客にとっても好感の持てる街でしたね。

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2008年2月 6日 (水曜日)

びっくりした

 今日,仕事が終わって新宿で買い物をした帰り,急プレーキをかけた満員電車の中でオジサンがバッタリと倒れたのさ。

 

 バランスが取れなかったのかなと思ったのだけど,座っているオイラの足許で白目向いていたから驚いた。

 車内の空気も良くなかったからねえ。

 でも人って倒れるときは受身なしで頭から倒れるのにはびっくりした。

 

 隣の人が席を譲ってくれて,オジちゃんは座ったのだけど,すぐにまた白目を向いてオイラにもたれかかってきたんだよ。

 

 すぐさまオジちゃんは気がついて,駅で降りてホームのベンチで休んだのだけど,お年を召しての満員電車通勤は大変だなと思った。

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オイラへの質問:141~150

41 日本人の平均は13cmって本当ですか?
 知らない。

42 鉛筆は正しく持っていますか?
 たぶん持っていない。

43 小学生の時、一番好きだった教科は?
 数学と英語と社会

44 一番嫌いだった教科は?
 国語と保健体育と音楽

45 一番好きだった給食の献立は?
 カレーライス

46 放課後は何をして遊んでいましたか?
 草野球,草サッカー,プラモつくり

47 どんな名物先生が居ましたか?
 オイラが中学生のとき,30代にして頭がツルツルの先生がいて,あだ名が『~ハゲ』って言ったんだけど,ホームルームで『オレだって好きでハゲをやっているんじゃねえ』との心の叫びを覚えています。

48 自分でどんな子供だったと思いますか?
 バカだった。

49 もう一度小学生に戻りたいですか?
 もう戻らなくていい。

50 少し息抜きをしてください。
 はーい。

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遅れています

 英会話の勉強ですが,今日で第18課をやらなくてはならないのですが,現在第10課終了の状態です。

 1週間ほど遅れていますが,投げ出さずに続けていくことが肝心だと自分に言い聞かせています。

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2008年2月 2日 (土曜日)

二条河原の落書

 まったく日本史の真髄に迫らない当ブログの当コーナーです。

 ホントくだらなすぎて読んでいて頭くると思うよ。

 日本史の勉強をしていて,確か建武の新政の時代に『二条画河原の落書』ってありましたよね? 建武の新政を批判した内容だったんだけど・・・。

 教科書を見れば載っていますが,おせっかいながら書いてみますと・・・

 

此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀綸旨
召人 早馬 虚騒動 
生頸 還俗 自由出家
俄大名 迷者 
安堵 恩賞 虚軍
本領ハナルヽ訴訟人 文書入タル細葛
追従 讒人 禅律僧 下克上スル成出者 
器用ノ堪否沙汰モナク モルル人ナキ決断所 
キツケヌ冠上ノキヌ 持モナラハヌ杓持テ 内裏マシワリ珍シヤ

 

 語呂が良いというか,韻を踏んでいるので,結構記憶に残っていたんですが,そのかすかな記憶が不幸のもとというか,失笑のもとというか・・・。

 

 最初の『此頃都ニハヤル物』というくだり,何かに聞こえませんか?

 

 オイラは高校生の頃から,『キューティハニー』の主題歌の『この頃流行の女の子~』に聞こえていました。

 

 テストの時に二条河原の落書が問題で出されるとヒサンだったなあ。試験の最中にキューティハニーの歌が頭の中を流れるんですよ。

 

 今日もふとしたことで二条河原の落書のことを思い出したら,キューティハニーの主題歌が1時間は頭の中に流れたばかりでなく,歩きながら思わず口ずさんでいました。

 幸い他人には気づかれませんでしたが,我ながら恥ずかしかったです。

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